もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』 謎に満ちた語りと美しい文章に魅せられる技巧派SF短編集

「未来の文学」シリーズの定番短編集 以前このブログでジーン・ウルフの傑作SF『ケルベロス第五の首』(およびそれを含む国書刊行会「未来の文学」シリーズ)を紹介したことがあるが、同シリーズから出ている、同じくジーン・ウルフの短編集『デス博士の島そ…

奈落の新刊チェック 2024年3月 海外文学・SF・現代思想・哲学・嘘つき姫・ブルックナー譚・見ることの塩・少女小説とSF・アンチ・ジオポリティクス・ゾンビの美学・ピラネージほか

暑くなったり寒くなったりしつつ早いもので世の中は新年度ですが、まだまだ旧年度の新刊が睨みを利かせています。年度の切れ目など、人類そして宇宙の歴史の前では何の意味も持たぬ区切りにすぎない……人類の営みとは……などと紋切り型の詠嘆をたわむれに捻り…

丹下和彦『ギリシア悲劇 人間の深奥を見る』 理性の価値と、その困難を描いた普遍的な物語

ギリシア悲劇への入門に最適の新書 ギリシア悲劇 人間の深奥を見る (中公新書) 作者:丹下和彦 中央公論新社 Amazon 丹下和彦『ギリシア悲劇 人間の深奥を見る』は、2006年刊行の中公新書。著者は1942年生まれで古典学を専門とし、多くのギリシア悲劇を翻訳し…

中井亜佐子『エドワ-ド・サイ-ド ある批評家の残響』 理論に新しい生を与える批評意識

『オリエンタリズム』の批評家サイードについて 中井亜佐子は英文学、特にコンラッドをはじめとしたモダニズム期のものを専門とする研究者で、以前も当ブログで著書を紹介したことがある。 pikabia.hatenablog.com 今回紹介するのは、上記『〈わたしたち〉の…

フィッツジェラルドの短編集はどれを買えばいい? 文庫・ライブラリー収録作ガイド

フィッツジェラルドの短編集が多い! 1.村上春樹訳以外のもの 2.村上春樹訳のもの 収録作一覧表 フィッツジェラルドの短編集が多い! 『グレート・ギャツビー』で知られる作家スコット・フィッツジェラルドについては弊ブログでも二度紹介し、どちらの記…

奈落の新刊チェック 2024年2月 海外文学・SF・現代思想・歴史・恐るべき緑・ルバイヤート・カストロの尻・射手座の香る夏・近代日本の身体統制・日本アナーキズム・サンリオ出版大全ほか

そろそろ暖かくなってきたりそうでもなかったりする今日この頃ですがいかがお過ごしでしょうか。中華圏でも旧正月が終わってようやく新年が始まっております。最近は出版社や書店がニュースの主役になることもなんだか多く、それぞれの役割がいろんな方向か…

チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』 多声的に語られる、韓国独裁体制下の苦難

70年代の韓国を描いたベストセラー チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』を始めとした数々の韓国文学の翻訳により、今ではすっかり日本を代表する韓国文学の紹介者として知られている斎藤真理子だが、今回紹介するのはその訳業の原点になったという小…

川野芽生『Blue』 割り当てられた性と、社会と、自分自身についての対話たち

歌人でもある新鋭の芥川賞候補作 Blue (集英社文芸単行本) 作者:川野芽生 集英社 Amazon 川野芽生『Blue』は雑誌『すばる』2023年8月号「トランスジェンダーの物語」特集における発表当初から話題となり、芥川賞候補ともなった小説だが、作者のキャリア…

ハン・ガン『すべての、白いものたちの』 個人と都市の記憶が静かに交錯する詩的な小説

韓国の国際ブッカー賞作家による、断章形式の小説 すべての、白いものたちの (河出文庫) 作者:ハン・ガン 河出書房新社 Amazon 1970年生まれの韓国の小説家ハン・ガン(韓江)は、2005年の代表作『菜食主義者』によって、韓国で最も権威ある文学賞と言われる…

SFと植民地 あるいはシンガポールで見る『カジノ・ロワイヤル』(自作宣伝です)

私事で恐縮ですが…… SFのテーマとしての植民地 シンガポールで見る007の衝撃 創作紹介 関連ブックガイド 私事で恐縮ですが…… Winsland House II 今回は私事と雑談なんですが、実は一昨年あたりからブログのほかに趣味でSF小説を書いておりまして、WEBメディ…

奈落の新刊チェック 2024年1月 海外文学・SF・現代思想・歴史・Blue・サイード・プルードン・ケアの倫理・バトラー・決闘裁判・温泉・タロットの美術史ほか

さて月も明けまして恒例の新刊チェックです。この記事のために見かけた書名を控えておくのですが、いざこれを書こうとすると発売が延期になっていることもしばしば。みなさま苦労して本を刊行されているのかと思います。面白い本をどんどん出してくれる著者…

長谷部恭男『法とは何か 法思想史入門』 法と道徳との関係を、人々はどう考えて来たか

著名憲法学者による、憲法と法思想の入門書 増補新版 法とは何か 法思想史入門 河出ブックス 作者:長谷部恭男 河出書房新社 Amazon 今回紹介する『法とは何か 法思想史入門』は、法学者である長谷部恭男による法学・法思想の入門書である。長谷部恭男は1956…

岡田温司『イタリア芸術のプリズム』 巨匠たちの映画に結実する、イタリアの芸術・宗教・政治

表象文化論の大家が、イタリア映画の巨匠たちを読み解く イタリア芸術のプリズム: 画家と作家と監督たち 作者:温司, 岡田 平凡社 Amazon 『イタリア芸術のプリズム 画家と作家と監督たち』は、このブログでもすでに何冊か著書を紹介している、美術史・表象文…

李箱『翼 李箱作品集』 植民地下朝鮮のモダニストによる、近代小説の冒険

1910年ソウル生まれの作家の新訳作品集 翼~李箱作品集~ (光文社古典新訳文庫) 作者:李 箱 光文社 Amazon 李箱(イ・サン)は1910年、日本統治下の朝鮮に生まれ、27歳の若さで世を去った詩人/作家だ。ソウル(当時の名は京城)に生まれ、日本語で教育を受…

奈落の新刊チェック 2023年12月 海外文学・SF・現代思想・歴史・カーミラ・魔の聖堂・ミステリウム・バトラー・作家主義以後・メロドラマの想像力・

あけましておめでとうございます。年が明けて当ブログもいよいよ3年目に突入したわけですが、一体いつまで続けるつもりなのでしょうか。誰に頼まれたわけでもない更新ですが、自分が楽しんでいるうちは続けていこうかと思います。一番読んでいるのが自分とい…

どれから読む?稲垣足穂・文庫ガイド──『一千一秒物語』『天体嗜好症』『少年愛の美学』

稲垣足穂の各社文庫の収録作を紹介 稲垣足穂と言えば、『一千一秒物語』でおなじみ大正から昭和初期の文学者、天体と飛行と無機物に憧れるモダニスト、横光利一や初期の川端康成と並ぶ新感覚派の一員、「A感覚とV感覚」を発表した独自のエロティシズムの研究…

樋口陽一『リベラル・デモクラシーの現在』 重鎮が語る、立憲主義の普遍性

戦後を代表する憲法学者の最新講演集 リベラル・デモクラシーの現在 「ネオリベラル」と「イリベラル」のはざまで (岩波新書) 作者:樋口 陽一 岩波書店 Amazon 改めて憲法に関する本が読みたいなと思い、そしてどうせならやはり定番著者の、しかも最近のもの…

木庭顕『誰のために法は生まれた』 徒党の解体と自由な個人〜法の根源を探る特別授業

法学者と中高生がともに古典を読む授業の記録 誰のために法は生まれた 作者:木庭顕 朝日出版社 Amazon 木庭顕『誰のために法は生まれた』は、ローマ法を専門とする法学者による法学入門の本だが、普通に書かれた入門書ではない。 これは中学三年から高校三年…

奈落の新刊チェック 2023年11月 海外文学・SF・現代思想・歴史・赦しへの四つの道・孔雀屋敷・ジュリアン・バトラー・言葉の風景・とるにたらない美術・四つの未来ほか

早いものでもう年の瀬ですが、早いといえばこの12月で当ブログももう開設2周年でした。どうにか細々と続けております。日頃のご愛顧のほど誠にありがとうございます。まだしばらくは趣味として続けていければと思います。 それでは11月の気になる新刊から。 …

小川洋子の短編の後ろめたい楽しみ 『薬指の標本』ほか

静謐で幻想的な短編集 薬指の標本(新潮文庫) 作者:小川洋子 新潮社 Amazon ※今回は本の紹介というよりも、かなり個人的な楽しみについてのエッセイのような文章です。 これで小川洋子に関する記事を書くのは二本目だが、正直いって私は、この作家がどうい…

マポロ3号『PPPPPP』 誰も読んだことがなかった、鮮烈な視覚的ピアノ漫画

『対世界用魔法少女つばめ』連載中のマポロ3号のデビュー作 マポロ3号の新連載が、ついにジャンプ+で始まった。タイトルは『対世界用魔法少女つばめ』。 shonenjumpplus.com 「まどマギ」を思わせる終末型の魔法少女もの、という定番モチーフの漫画だが、そ…

千葉雅也『デッドライン』『オーバーヒート』『エレクトリック』 世界と欲望の解像度

哲学者による、自伝的な小説三部作 デッドライン(新潮文庫) 作者:千葉雅也 新潮社 Amazon オーバーヒート 作者:千葉 雅也 新潮社 Amazon エレクトリック 作者:千葉 雅也 新潮社 Amazon 千葉雅也の『デッドライン』『オーバーヒート』『エレクトリック』の3…

奈落の新刊チェック 2023年10月 海外文学・SF・現代思想・歴史・夢見る宝石・金星の蟲・肉を脱ぐ・文学的絶対・吉田健一に就て・ニューロ・闇の精神史ほか

最近は弊ブログの更新頻度も徐々にスローペースになっており、あまり投稿していないうちに、気が付いたらこの新刊チェックの時期になっていることもしばしば。そのうち新刊チェックがこのブログのメインコンテンツになるかもしれませんが、まあそれはそれで…

星野太『食客論』 他者との「共生」という難題を、食事から考える哲学的エッセイ

他人と生きることが得意でない私たちの、「共生」の問題 食客論 作者:星野太 講談社 Amazon 美学を専門とし、特に「崇高」をテーマとした哲学書をデビュー以来続けて刊行してきた1982年生まれの著者、星野太の初めての一般書と言える『食客論』は、しかし一…

嘉戸一将『法の近代 権力と暴力をわかつもの』 何が法律の「正統さ」を保証するのか

法学の立場から国家の役割を問う新書 法の近代 権力と暴力をわかつもの (岩波新書) 作者:嘉戸 一将 岩波書店 Amazon 私たちはふだん法律に従って生活しているが、ではその法律、あるいは法律を執行する国家が「正統なもの」であると、どのように納得している…

ウィリアム・ギブスン原作のSFドラマ『ペリフェラル ~接続された未来~』が面白い!

シーズン2がキャンセルされたけど見てほしい! youtu.be 『ペリフェラル ~接続された未来~』は、2014年に発表されたウィリアム・ギブスンの小説『The Peripheral』を原作とする、Amazon Prime Videoによる2022年のドラマシリーズだ。 シーズン1の全8話が配…

伊藤博明『ルネサンスの神秘思想』 古代異教の神々はいかにキリスト教世界に復活したか

ルネサンスにおける〈神々の再生〉──古代の思想・宗教の復活 ルネサンスの神秘思想 (講談社学術文庫) 作者:伊藤博明 講談社 Amazon プラトンやアリストテレスなどの哲学者や、ピュタゴラスやユークリッド(エウクレイデス)などの数学者、さらにはゼウスやア…

奈落の新刊チェック 2023年9月 海外文学・SF・現代思想・歴史・方形の円・厳冬の棺・悪の凡庸さ・革命と住宅・暗闇に戯れて・絵画の解放・民藝ほか

記録的な猛暑が終わり、ようやく涼しくなって来たと聞いていますがみなさまいかがお過ごしでしょうか。こちらは南国に住んでいるのでよくわかりませんが、さぞかし本を読むのに相応しい気候になってきたのではないかと想像しております。もう本でも読むしか…

SFファンは「かぐやSFコンテスト」とオンラインSF誌「Kaguya Planet」に注目を!(あと自作宣伝)

私事で恐縮ですが…… 今回はいきなり私事で恐縮なのですが、尾崎滋流名義で「第3回かぐやSFコンテスト(テーマ:未来のスポーツ)」に応募した掌編が、選外佳作に選ばれました! 『夏の夕暮れ、タナトスの子供たち』というタイトルで、5分くらいで読めますの…

山本浩貴『現代美術史』 社会の中の芸術、そして国境を越えた「脱帝国の美術史」へ

社会と関わるものとしての現代美術 現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル (中公新書) 作者:山本浩貴 中央公論新社 Amazon 2019年に刊行された中公新書『現代美術史』は、自身も現代美術作家であり現在は金沢美術工芸大学で教鞭をとる山本浩貴による、…