もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

,

ジーン・ウルフ『ケルベロス第五の首』 緻密に構成された不確かさ。

最高のシリーズ「未来の文学」が完結した。

 

f:id:pikabia:20211202115512j:plain

国書刊行会未来の文学〉シリーズ

 

国書刊行会未来の文学」シリーズがついに完結したらしい。
未来の文学」シリーズは大好きなシリーズだった。60年代、70年代の知られざる名作SFを、美しい装丁でたくさん刊行してくれた。
どの作品もとても面白そうに見えたし、とにかく装丁がかっこいいので何冊も揃える楽しみもあった。
私はSFの中でもニューウェーブ期のSFが特に好きなのだが、このシリーズがその好みに影響を与えているのは間違いない。
また、このシリーズは単純にSFとは言い切れない雰囲気の作品が多く選ばれていた。SFと、SFではない文学との境界線上に位置するような作品と言おうか。
その越境性は、ほとんど伝説としてしか知らない、ありし日のサンリオSF文庫もこんな雰囲気だったのだろうか、と思わせてくれた。

 

未来の文学」シリーズと言えばジーン・ウルフ。どんな作家?


最初のインパクトは、やはりジーン・ウルフだった。ケルベロス第五の首』『デス博士の島その他の物語』は、二作連続で早川書房の「SFが読みたい!」にランクインしており、そのタイトルのかっこよさもあって強烈に興味を惹かれたのを覚えている。
正解がわからないとイライラする向きにはお薦めできないが、魅力的な謎と戯れるのが好きな人には自信を持ってお薦めできる。奥深く、美しくて、人を幻惑するような謎に、何回読んでも出会い直せるということは、私にとっては最後に正解が判明することよりも楽しいことだ。

 

代表作『ケルベロス第五の首』


ここでは「未来の文学」シリーズの第一弾であったケルベロス第五の首』を紹介したい。ちょうど先日重版されたそうだ。

 

 

ウルフの代表作として知られるこの小説は三部構成になっている。
第一部は表題作「ケルベロス第五の首」。惑星サント・クロアに住む語り手が、少年の日々を回想する話だ。
第二部は「『ある物語』ジョン・V・マーシュ作」。マーシュという人物が採集した、とある惑星の民話が綴られる。
そして第三部が「V・R・T」。幽閉されている、とある囚人の尋問記録である。
それぞれの部分は一見独立した小説として書かれていて、相互の繋がりはあまりはっきりしていない。だが、通読するうちにそれぞれの関連性がおぼろげに浮かび上がってくる(が、はっきりとした因果関係は見えそうで見えない)という感じだ。
物語そのもののモチーフはクローン、あるいは自分とそっくりな何かだ。語り手とそのクローン、信用できない記憶、双子惑星とその住人などなど、自分の鏡像となるものの存在の不確かさ、そして自分自身の不確かさが、精緻に組み上げられた複雑な語りと、端正な文章によって、「不確かなままに」描き出される。これは、不確かさを巡る、それ自体が不確かな──しかし、それは驚くべき技巧で構築された不確かさ──小説なのだ。

 

 子供のころ、デイヴィッドとわたしは眠かろうが眠くなかろうが早くベッドに入らねばならなかった。とりわけ夏には就寝時間はしばしば日没前になった。わたしたち兄弟の部屋は館の東翼にあり、中庭に面した広い窓は西を向いていたので、ときには何時間も、強烈なピンクがかった光を浴びつつ、横になったまま、まだらに剝げた姫墻に座り込んでいる父の片輪の猿を眺め、あるいはベッドの間で言葉に出さずジェスチュアで話を交わしていたものだった。

ジーン・ウルフケルベロス第五の首』冒頭)

 

次の一冊

 

もしこの小説が気に入ったら、何の疑いもなく短編集『デス博士の島その他の物語』を手に取ってほしい。期待が裏切られる心配はほとんどないと思う。

 

 

 

さらにもう一冊!という場合はもう一冊の短編集『ジ-ン・ウルフの記念日の本』をどうぞ。アメリカの様々な記念日にちなんだ短編が集められた、洒脱な(でもちょっと怖い)短編集だ。

 

 

 

未来の文学」シリーズで好きな本は他にもいろいろある。このアンソロジー『ベータ2のバラッド』はどの収録作もすこぶるかっこいい。特に静かに鋭いキース・ロバーツ「降誕祭前夜」と、エネルギッシュなハーラン・エリスン「プリティ・マギー・マネーアイズ」が好きだ。

 

 

 

そのうち読みたい

 

そして、「未来の文学」シリーズ最後の一冊がこの『海の鎖』。SF読者なら知らない者のいない翻訳者、伊藤典夫が独自に編纂したアンソロジーとのこと。表題作は「破滅SFの傑作」だそうな。面白そうです。

 

 

 

※宣伝

ポストコロニアル/熱帯クィアSF

kakuyomu.jp

pikabia.hatenablog.com