もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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『ひらいて』ほか、綿矢りさのバキッとした文体が好き

祝・『ひらいて』映画化

 

(※注意)いきなり中盤のネタバレあり。

綿矢りさ『ひらいて』新潮文庫)がいつの間にか映画化していた。

綿矢りさ『インストール』からわりと読んでるけど、『ひらいて』は一番好きかもしれない。主人公の女子高校生が、同じクラスの男子に片思いしてるんだけどどうにもならず、弾みでその男子の彼女と一線を越えてしまうという話だ。

主人公による、「わたし、あんたの彼女抱いたよ」というモノローグは忘れがたい。

 

 

 

簡潔で、エモーショナルだが甘くない文章


綿矢りさの好きなところはとにかく文章自体だ。

短く簡潔でバキっとしていて、エモーショナルだが甘くない。どこか乾いている。ザクザクと論理的でしかも官能的。そういうところのバランスがすごくしっくりくるのだ。

人間誰しも感情と理性の間で揺れ動いて生きていると思うが、その両者の間での引き裂かれ方やバランスの取り方が、作者の文体から登場人物にも反映されているような気がする。

 

過剰を戒める彼の声は、逆に私を過剰へと誘う。過剰さは悪、退廃、点滅、夢見てはいけない堕落。山の頂きは信仰の対象なのに、高すぎる人工の塔は、満足感と同時に人間をうっすら怯えさせる。禁忌なんていい加減な、人によって程度の差のある概念なのに。私がもし何にも怯えずに暗闇を走り続ければ、過剰さも悪も混ざり合い、うすべったくなって、最後には消えてくれるかもしれない。
ぬるい水で何倍も希釈された薄くけだるい午後の授業のなか、私の身体の真ん中の熱く固い矢じりは、終業のベルばかり待ち望むクラスメイトたちの合間を縫い、窓際へ、彼へ、急激に引き寄せられる。強い磁力で、じりじりと、抗いがたく。(綿矢りさ『ひらいて』)


この小説のクライマックスでも、主人公の大胆な行動によるダイナミックな、でもどこか突き放したような結末が訪れる。

一気に読まされるそのクライマックスは本当に素晴らしくて、読み終わった後に台風が過ぎたような感じがした。

 

次の一冊


最初の『インストール』と『蹴りたい背中』で、ピリリと辛い軽妙な青春小説を印象づけた作者が次に『夢を与える』を出してきた時にはみんな驚いていたように思う。いきなり重厚でドロドロな芸能界ものとは。

でもこの小説を読んだ時に、綿矢りさって自分が想像してたのよりもさらにすごい作家なのかもしれないと思った。そしてその予感は当たっていたのだと思う。

重厚でドロドロといっても、そこは綿矢りさなので、ドロドロさに溺れないというか、沼地を冷たい風が切り裂くような感じがある。

 

 


2021年に芥川賞を獲った宇佐見りん『推し、燃ゆ』河出書房新社)を読んだ時、冒頭の疾走感と乾いた感じが綿矢りさに似てるなと思った。

しかし読み進めてみると実は少し違って(別人なので当たり前だが)、これはもっと自分自身が抱えるものの重さと必死に格闘しているような小説だった。

冒頭の疾走感はその重さからのつかのまの脱出だったのかもしれず、その後も重さと軽さの相克が続いていく。(綿矢りさの小説に重さが無いという話ではない)

 

 


さらに関係ない話になるが、綿矢りさになんとなく文章が似ていると思うのが阿部和重だ。

作風が違いすぎて何言ってんだこいつと思われるかもしれないが、ダイナミックな物語を簡潔で乾いた文章でザクザク書いていく感じ、そしてそれを読んでいる時の快感が似てるような気がする。しませんか?

阿部和重を何か読むなら、講談社文庫のクエーサーと13番目の柱』をお勧めしたい。パパラッチがとあるアイドルの動向を追ううちになんかとんでもないことになる話。J.G.バラード『クラッシュ』へのオマージュでもある。

 

 

 

そのうち読みたい

 

この『私をくいとめて』朝日文庫)も、のん主演で映画化されていて評判がすごく良いですね。というか綿矢りさは映画化したタイトルが多い……