もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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國分功一郎『暇と退屈の倫理学』 ミステリ小説のように読める哲学、そしてフェアプレイ感

私の哲学との出会い

 

國分功一郎『暇と退屈の倫理学が、10年の時を経ての文庫化である。この機会にみんな買ってほしい。最初は2011年に朝日出版社から、次に増補新版が2015年に太田出版から出ている。このご時世に、哲学の本が10年で3バージョンも出るというのもそうそうないことだと思う。私が哲学というものを読んでみようかなと思った頃にちょうど出たのが著者のデビュー作スピノザの方法』みすず書房)で、それを読んで「哲学ってすごく面白いな!」と思った私は同年に出た『暇と退屈の倫理学』も迷わず手に取ったわけだ。

 

 

なぜ人は自由な時間を得たのに退屈してしまうのか?


『暇と退屈の倫理学』のテーマはその名の通り「暇と退屈」である。人間は歴史の中であれほど努力して自由な時間を獲得したのに、なぜ自由な時間があるのに暇と退屈を感じてしまうのか、という素朴な疑問が、人間に関する驚くほど深い思索に繋がっていく。人はなぜ退屈するかという理由を古今の書物から探るうちに、我々が生きる上でとらわれているものや、我々の考えを方向付けているものが次々と暴き出されていく様はスリリングで興奮する。
著者は、目的を達成してやることがなくなってしまうと人は不幸になると主張するバートランド・ラッセルの言葉を引用した上で、こう述べる。

そう、ラッセルの述べていることは分からないではない。だが、やはり何かおかしい。そして、これをさも当然であるかのごとくに語るラッセルも、やはりどこかおかしいのである。(略)やはり私たちはここで、「何かがおかしい」と思うべきなのだ。(序章「「好きなこと」とは何か?」)

 

探偵小説のような哲学の本


國分功一郎の本はいつも少しミステリっぽい。最初に著者は疑問を抱き、大きな謎が提示され、そして探偵のように手がかりを集め、分析していく。その際、重要なのはフェアネスだ。ズルをせず、誤魔化さず、ちょっと気になったことをスルーせず、先人たちが残した手がかりを批判的に検討することによって導き出される結論を提示すること。それが読みやすさと説得力をもたらすのだ。私は著者の『スピノザの方法』と『暇と退屈の倫理学』を読んで、哲学とは、物事の根本にある仕組みをフェアな論理によって説明する試みだということを知った。(ただしこのことは、その結論が絶対に正しいということを意味しない) 
そしてこの本は、結論だけ抜き出して読んでもあまり意味がない。意味がないというか、あまり面白くないと思う。哲学の本はだいたいそうだが、この本もまた、著者の考える道筋を体験することに面白さがある。結論に至る道筋そのものが、読者の認識を組み換え、読者に影響を与えるのだ。

 

かつては労働者の労働力が搾取されていると盛んに言われた。いまでは、むしろ労働者の暇が搾取されている。高度情報化社会という言葉が死語となるほどに情報化が進み、インターネットが普及した現在、この暇の搾取は資本主義を牽引する大きな力である。
なぜ暇は搾取されるのだろうか? それは人が退屈することを嫌うからである。人は暇を得たが、暇を何に使えばよいのか分からない。このままでは暇のなかで退屈してしまう。だから、与えられた楽しみ、準備・用意された快楽に身を委ね、安心を得る。では、どうすればよいのだろうか? なぜ人は暇のなかで退屈してしまうのだろうか? そもそも退屈とは何か?(序章「「好きなこと」とは何か?」)

 

次の一冊


『エチカ』を著した17世紀オランダの哲学者スピノザのエッセンスを、その「方法」に求めた研究が著者のデビュー作スピノザの方法』みすず書房)だ。この本もまた、最初に提示された「謎」を解明していくうちに、いつの間にか読者はスピノザの哲学を体感することになる。わりと歯ごたえのある本だが、なんなら第二章のデカルトの話を飛ばして読むという手もある。

 

 


上記の本はさすがに手が出ないという人にも安心、著者はスピノザの新書も出している。『はじめてのスピノザ 自由へのエチカ』講談社現代新書)は「NHK100分de名著」のテキストをもとに増補改訂されたもので、自由と喜びを重んじるスピノザ哲学のエッセンスが平易に語られている。お勧めです。

 

 

 

さらに読みやすいのがこの人生相談本『哲学の先生と人生の話をしよう』朝日文庫)。メールで寄せられた人生相談のテクストに「書いていないこと」を著者が読み取っていく様はまさに探偵。本音を隠して探りを入れる相談には厳しく、抑圧されて本音を言えなくなっている相談には優しい。

 

 

追記:同著者の『近代政治哲学』についてブログで紹介しました。あわせてご覧ください。

pikabia.hatenablog.com