もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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奈落の新刊チェック 2022年2月 海外文学・日本文学・SF・現代思想・宝塚・クィア批評・ゴシック・迷宮ほか

激動の世の中であっても面白そうな本の刊行は待ってはくれないのであった。人々は積み上げられた過去を受け止めて、その巨大な蓄積の中からひねり出したものを自分の言葉として書き続けるのであった。われわれは実体/非実体の書店に並ぶ実体/非実体のそれらの本をまるで救いを求めるように手に取るのだった。もう本でも読むしかない!

今回も2月前後に刊行された新刊チェックです。

 

大傑作『最愛の子ども』以来となる松浦理英子の新作長編。傑作の予感しかない。

 

『スウィングしなけりゃ意味がない』に続く、佐藤亜紀の第二次大戦ものが文庫化。ハンガリー大蔵省の役人である主人公が、ユダヤ人の没収財産を運ぶ「黄金列車」の運行を任せられる。

 

なんと長野まゆみが自ら編んだアンソロジーが登場。しかもテーマは「耽美」。三島、谷崎、足穂、十蘭や、随筆と詩歌も収録。外れがなさそう。

 

『ニムロッド』で2019年に芥川賞を受賞した上田岳弘のデビュー作が文庫化。

 

『魚舟・獣舟』から続く上田早夕里のオーシャン・クロニクルシリーズ最新作。短編4編の描き下ろし文庫。

 

ケン・リュウ、『巨星』のピーター・ワッツ、『量子真空』のアレステア・レナルズ、『新しい時代への歌』のサラ・ピンスカーなど16名による、AIやロボット、人工生命などをテーマにしたSFアンソロジー

 

ちくま文庫で復刊のこれは、生田耕作訳の「伝説の怪作」らしい。作者ブレーズ・サンドラールは20世紀初頭のパリで活躍した作家/詩人とのこと。

 

ヘブライ語チベット語ベンガル語など、「その他」に分類されがちな言語の翻訳者たちへのインタビュー集。日本の翻訳文化の多様性を示す一冊。

 

「フィードバックシステムをそなえ限りなく有機体に接近した機械に取り込まれて、私たちはいやおうなくシンギュラリティに推し進められていく。果たしてそのような未来は一直線の道路なのか?それとも潜在的な可能性を含んだ豊穣な分岐たりうるのか?後者に賭けるために、偶然性を呑み込んで必然性と化す機械の中に飛び込み、そこから再び偶然性を奪還しようとする。」

ゲンロンによって紹介されて来た香港出身の哲学者ユク・ホイの著書がついに邦訳刊行。新時代の技術の哲学となるか。

 

昨年他界したナンシーの全キャリアを踏まえてその思想を抽出する本。著者の伊藤潤一郎は1989年生まれで、ナンシーの翻訳も手掛ける。

 

歴史と法について多くの著作のある法学者・木庭顕が選書メチエに登場。テキストと読解の正当性を問い続ける「クリティック」という営為を日本に不在のものとし、ホメロスまで遡って再建しようと試みる。

 

宝塚歌劇団は、性差を越え、性愛の枠組みを揺るがすスペクタクルの毒と、日常のなかには求めても得られない希望や愛や信頼の物語とのセットとして、独自の進化を遂げた。」

岩波現代文庫より、モダニズムの時代に生まれて独自の進化を遂げた宝塚歌劇団の研究書。著者の川崎賢子は宝塚および近代文学などに関する著書多数。そして私の愛読書『久生十蘭短篇選』(岩波文庫)の編者でもあった!

 

日本思想の中で、「新しさ」という概念がいつから取り上げられ、どのように評価されてきたかを江戸時代から追っていく。著者は江戸研究が専門。

 

千葉雅也『デッドライン』に出てきた教授のモデルでもある中島隆博中国哲学入門が新書で登場。すでに手に入らない本も多いので助かる。

 

ジュディス・バトラー 生と哲学を賭けた闘い』(以文社)の著書もある86年生まれの著者による、「トラブル」をキーワードにしたフェミニズム論。

 

日本に伝わる妖怪や怪異現象を、病気や身体に対する攻撃に対して読み解く試み。民俗学ジェンダー研究を専門とする著者の視点は興味深い。

 

イード、バトラー、マイク・デイヴィス『要塞都市LA』などの翻訳を手掛ける村山敏勝の2005年の本がちくま学芸文庫に。クィア批評の基本書になるだろう。

 

批判的に読み直され続ける思想家、カール・シュミットに関する、ドイツの著者による研究書が書肆心水より。

 

無政府主義の父」ことジョセフ・ピエール・プルードンの本格的な研究書。フランス思想史を専門とする著者の初の単著となる。

 

西洋美術の歴史から排除されてきた彫刻・建築を取り上げ、新たなゴシック像を提示するという野心作。目次を読むだけで楽しい。著者の木俣元一はロマネスク、ゴシック、中世美術の大家。

 

中動態の映像学

國分功一郎『中動態の世界』以来注目を集める「中動態」概念だが、これをそれをキーワードに映像を論じた本。震災を記録した3組の映像作家の実践を読み解く。濱口竜介推薦。

 

昨年の『明るい映画、暗い映画』に続く、映画批評家・渡邉大輔の新著が早くも登場。映像を視聴する環境が急速に変化する中で映画批評を問い直す本は今後も多く出るだろう。

 

カルチュラル・スタディーズを代表する批評家レイモンド・ウィリアムズによるオーウェル論が月曜社より。訳者の秦邦生は昨年『ジョ-ジ・オ-ウェル『一九八四年』を読む』を上梓。

 

ゲド戦記ル=グウィンがファンタジーや児童文学について語ったエッセイ集が文庫化。指輪物語ピーターラビットドリトル先生物語などなど。

 

90年代以降の日本の現代美術の歴史を、キュレーターの立場から語る。

 

東京都庭園美術館で4/10まで開催中の同名展示の図録。モード史の中の異端の部分を「奇想のモード」と名付け、シュルレアリズムとファッションの接近を切り口にジャンルを横断した展示を行う。キュレーターの神保京子は2019年には岡上淑子展を企画。

 

古代から現代まで、全世界の暗殺を収集・分析した487ページの大著。著者はイギリスを代表する災害史研究家だそうです。

 

ゲーム用のカードにすぎなかったタロットが、近代においていかにして秘教的なものとなっていったのかを徹底的に研究した本。著者のひとりロナルド・デッカーは美術と芸術史の専門家、そしてもうひとりマイケル・ダメット分析哲学で有名なあのダメットです。

 

1922年に刊行された、迷宮研究の古典的名著とのこと。エジプトの迷宮、クレタ島の迷宮、教会迷宮などヨーロッパのあらゆる迷宮を網羅した、迷宮ファンにはたまらない一冊。1882年生まれの著者はおそらくこれが唯一の著書らしい。

 

毎日新聞特派員の立場から見た、上海の実情、最新版。

 

リベラリズムの潮流が世界で高まる中、国際秩序に揺さぶりをかける現在のロシアを、特に「ロシアはファシズムなのか」という観点から詳細に分析した432ページ。この本の発売はロシアのウクライナ侵攻とほぼ同時であった。著者はフランスの国際政治・政治思想研究者で初の邦訳。

 

とりあえず以上、また来月!

 

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