もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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不思議な映画『ダークナイトライジング』は、ノーランのゴシックおとぎ話だ。

好きにならずにはいられない、『ダークナイトライジング』

※この記事は全部ネタバレです。

バットマンの新作が公開されているわけだが、まだ見れてないので今回は私の好きなバットマン映画を紹介しよう。

傑作かどうかと言われるとよくわからないものの、妙に好きな映画、というのが誰にでもあるのではないだろうか。クリストファー・ノーラン監督のダークナイトライジング』は私にとってはそういう映画だ。これはノーラン版バットマン三部作の完結編となる映画である。

そもそも私はノーランのあまりいい観客ではない。何本か見ているが、すごく面白くはあるものの、どうにも乗れない感じがある。

そんな私が、「ノーラン、お前ってなんか、イイ奴だな……」と心から感じられたのがこの「ライジング」なのだ。(この時点ですでにどうでもいい話の感触が濃厚に漂っていると思われるが、興味のある方のみ続きを読まれたい)

 

ダークナイトライジング』は公開当時、わりと賛否両論が激しい映画という印象があったのだが、この記事を書くにあたってちょっと検索してみると絶賛評ばかり出てきて、なーんだ、公開から10年経って、こんなに愛される映画になってたのね……としみじみした。

当時は前作ダークナイトにおけるジョーカーのインパクトが強すぎてみんなどうしても不満が残っていた感があったのと、あとは脚本上のおかしなところがわりとあって、いろいろとツッコまれがちだったと思う。

私はむしろ、この映画の、ツッコミどころが多いところが好きだ。

とは言っても、それはいわゆる「バカ映画」として愛でる感じとは少し違う。この映画の、あまりガチガチに作り込みすぎない、ちょっと脇が甘い、でも監督のやりたいことだけはビンビンに伝わってくる感じがなんとも好きなのだ。(逆に言うと、他のノーラン作品はわりと息苦しく思うことがある。そこが魅力でもあるのだろうが)

ダークナイトライジング』には、おとぎ話のような雰囲気がある。考えてみればコスチュームを着たヒーローが活躍する映画なんて、そもそもおとぎ話なのかもしれないが。

 

では以下に、この映画のおとぎ話感のあるポイント(ツッコミ所でもある)を挙げていく。

  • 街のど真ん中で危ない核融合炉を開発している。(やめとけ!)
  • ゴッサムシティの地下道がすごい無法地帯になっている。(電気とか水道管とか大丈夫?)
  • おびき寄せられた三千人の警官が地下道に投入され、全ての出口を爆破されて全員閉じ込められる。(そんなことある?)
  • ゴッサムシティがわりと簡単に閉鎖されて無法地帯になる。(アメリカの大都市ですよね?)
  • バットマンが謎の巨大な縦穴(これ何?)に閉じ込められ、脱出のために縦穴の壁をよじ登るシーンがえんえんと描かれる。(何を見せられてるの?)
  • 数か月ぶりに地下道から解放された三千人の警察官、元気いっぱいで登場。(元気だな~)
  • 悪役のベイン、鎮痛剤付きマスク(弱点が剥き出し)を殴って壊されると痛みに苦悶する。(脆いな~)
  • 核融合炉が爆発しそうなのでバットマンが身を挺して遠くに捨てに行く。(だから言ったのに!)


だいたいこんな感じである。どうだろうか。なにか童話を読んでいるような感じがしてこないだろうか。

こんな感じの、言ってみれば夢幻的ですらある物語を映し出す映像は、しかし、とても美しい特に、外界から隔離されて無法地帯となったゴッサムシティのビジュアルは最高だ

雪の積もる、静まり返った摩天楼。車の走らない、瓦礫の散らばった道路。テロリストたちが牛耳る、倒した机を積み上げた大ホール。地下道に閉じ込められている、三千人の警官たち。

モノクロームな色調で描かれた無法のゴッサムシティは、まるでゴシック・ロマンスの舞台となる古城のようでもあり、フリードリヒの風景画のようでもある。

そして、どこかの砂漠にある謎の巨大縦穴だ(どこの国にあるの?誰か調べに来ないの?)。この巨大縦穴の底にはたくさんの囚人が閉じ込められており(誰が管理してるの?)、垂直の壁をよじ登った者だけがここから脱出できるのだ。一体誰が何のためにこんな縦穴を作ったのか全く不明だが、映画にとってそんなことはどうでもいいのである。

ノーランは、傷ついたバットマンことブルース・ウェインが暗い穴の底ではるか頭上に見える空を見て過ごし、脱出しようとえんえんと壁をよじ登るシーンを描きたかったのである。それこそが前作でジョーカーに勝ち切れなかったバットマンの再生なのだ。そのためにはこの謎の巨大縦穴監獄が必要なのだ。OK。納得した。

そしてシリーズ最大の敵・ベインである。トム・ハーディ演じる屈強なヴィランだ。こいつは常に機械でできたマスクで鼻と口を覆っており、そのマスクには鎮痛剤が入ったカプセルがいくつも剥き出しで刺さっており、そこを殴られるとカプセルが壊れて地獄の苦しみにのたうつのだ。迂闊だ……迂闊すぎる。なぜ最大の弱点となる脆い部品を顔面に晒しているのだ。

このベイン、本人の主体性の薄さもあいまって、なんとも神話的な趣がある。誰にも負けないほど強いが、弱点を突かれると一発で地獄の苦しみだ。おとぎ話の悪役にふさわしい。

 

どうだろうか。読者諸兄も、だんだん見たくなってきたのではないだろうか。

前作『ダークナイト』しか見てなかった皆様、あるいは『ライジング』を一度見たけどいまいちピンとこなかった皆様も、この、不思議なゴシックおとぎ話ダークナイトライジング』を改めて楽しんでほしいと思う。(アン・ハサウェイ演じるキャットウーマンも良いです)

 

それにしても、あの巨大縦穴監獄は誰がなんのために管理しているんだろう……どこから管理コストが出ているんだろう……どんな食事が出るんだろう……

 

 

ところで私はティム・バートン監督のバットマンも好きである。特に二作目のバットマン・リターンズはクリスマスになると無性に見たくなる。

バートン版もノーラン版もそれぞれゴシックな魅力があるが、バートンは可愛げでユーモアもあるけど裏腹に哀しみも深いゴス、ノーラン版は真面目で深刻で不器用なゴスという感じだろうか。

 

 

追記:新作、見れました!!

pikabia.hatenablog.com