もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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ムアコック「エルリック・サーガ」で出会う暗黒ファンタジーと葛藤するヒーロー

はじめてのダーク・ファンタジー

 

 

 

フロム・ソフトウェアのエルデンリングが大人気なわけだが、ああいうダークな雰囲気のヒロイック・ファンタジーを見るとエルリック・サーガを思い出す。

 

中学生くらいの時に読んだマイクル・ムアコックによるエルリック・サーガ井辻朱美訳)のシリーズはたぶん私が初めて読んだ海外のヒロイック・ファンタジー(というか初めて読んだ大人向け翻訳小説かも)で、それまで日本製のファンタジーにしか触れたことのなかった私にはたいそうインパクトがあった。まず暗い。とても暗い。そして陰鬱である。これがヨーロッパの暗さなんだろうか……と思った。(後年『ベルセルク』を読んで「エルリック並に暗いぞ!」と思った)

主人公のエルリックは、かつて世界を支配したメルニボネ帝国の最後の魔術皇帝で、変わり者なので祖国の残虐な風習にあまり馴染めずに退屈な日々を送っている。また彼はアルビノで虚弱体質で、普段は特別な薬がなければろくに動くこともできないのであった。そんなエルリックだったが、愛する従妹を守るため、混沌の神が鍛えた黒い魔剣・ストームブリンガーを手に入れると事態は一変。斬った相手の魂を吸う魔剣の力により、エルリックは強力な剣士となって活躍するのだ。

とはいえもちろん代償があって、この剣は意志を持っており、うおんうおんと唸りながら勝手に動き、しばしば斬っちゃいけない人を斬ってしまうのであった。普段は虚弱体質のエルリックストームブリンガーで敵の魂を吸いながら最強剣士となって無双しつつ、だいたい終盤に剣が暴走して仲間とか友人を殺してしまい、その魂を啜った後でエルリック苦悶するというのがパターンである。

 

暗黒ファンタジー世界における理性の葛藤

 

基本的には不気味な怪物やらおどろおどろしい魔法やら恐ろしい神々やらが出てくる冒険ファンタジーなのだが、主人公エルリックとにかく苦悩している。だいたいいつも葛藤している。大人になってから読み返すと、それは近代人ぽい感覚を持ってしまったエルリックが無法の世界を生きる上での葛藤なんだなとわかる。暗黒ファンタジー世界でどうにか理性的であろうとするエルリックには共感してしまう。


作者のムアコックニューウェーブSFの旗手としておなじみJ.G.バラードと仲良しで、ムアコックが編集長を務めていたSF雑誌にバラードが小説を書いていたという関係だそうだ。だからムアコックの書くファンタジーも、ニューウェーブSFと通じる要素があるのかもしれない。ニューウェーブSFの特徴を「現代文学化したSF」とまとめてしまえば(異論あると思いますが……)、エルリック・サーガ現代文学に接近したファンタジーなのだろうか。
またエルリック・サーガは1960年代のイギリスで書かれているので、当時のカウンターカルチャーの要素も反映しているのだろう。この小説世界では法と混沌の神々が争っており、シリーズの最終話「ストームブリンガー」では実際に世界が崩壊してしまう。この黙示録的な感じも、時代の空気に関係があるような気がする。

 

どれから読めばいいの?順番は?


タイトルに数字が無いのでわかりづらいが、現在出ているものの順番は以下の通り。

  1. メルニボネの皇子
  2. この世の彼方の海
  3. 暁の女王マイシェラ
  4. ストームブリンガー

この後もさらに続くが、一応メインストーリーは『ストームブリンガー』で終了している。


後年知って面白かったのは、実はシリーズ各エピソードの発表順は作中の時系列と全然違うということだ。第2巻にあたる『この世の彼方の海』に収録されている「夢見る都」が一番最初に発表されたエピソードなのだが、これは2クールアニメで例えると、1クール目の終盤の話をいきなり書いてしまうような感じだ。そして物語の発端を語る「メルニボネの皇子」は、なんと最終エピソード「ストームブリンガー」よりも後に書かれているのだ。この辺、なんか自由でいいなあと思う。すでに読んだ方は発表順に再読してみるのも面白いだろう。英語版wikipediaに詳しく載っている。

https://en.wikipedia.org/wiki/Elric_of_Melnibon%C3%A9


このような事情で書かれているので、初めて読む人はなんなら『メルニボネの皇子』の表題作と『ストームブリンガー』だけ読んでしまうという手もあると思う。それでだいたいの話はわかるので。

 

これはメルニボネの最終陥落以前のエルリックの物語、かれが「女殺し」の異名を取る前の物語。これは従兄イイルクーンとの確執と、その妹サイモリルへの愛の物語。その愛ゆえに、エルリックは〈夢見る都〉イムルイルを炎上させ、〈新王国〉の人々の放恣な略奪の手にゆだねることになった。これはまた、ふたふりの〈黒き剣〉ストームブリンガーモーンブレイドの物語、剣がいかに見いだされ、メルニボネのエルリックの運命にいかなる役割を果たしたかを語る物語であり──

マイクル・ムアコック『メルニボネの皇子』表題作冒頭)

 

初めて読んだ時はこの、先の展開を予言する感じのプロローグにしびれたものだが、実際のところはこの話が一番最後に書かれているので単に先の展開は執筆済みなのであった。

 

 

美麗コミック版で読むという手もある

 

ちなみに2020年になって、突如フルカラーのコミック版が翻訳刊行された。海外ではグラフィック・ノベルと呼ばれるタイプの、デザインやビジュアルに凝ったものだ。ストーリーは原作にかなり忠実に、そして美しさとグロテスクさをともに強調したグラフィックが大変素晴らしい。続刊もぜひ出してほしい。(追記:二巻目を追加しました)

 

 

 

次の一冊


エルリックの序文でムアコックが勧めていたので読んでみたのが、かの有名な「英雄コナン」(宇野利泰・中村融訳)だ。いわく、「トールキンは説教臭くてあんまり好きじゃなかった。やっぱりコナンですよ」とのこと。コナンというといろんなところで「マッチョな主人公が活躍するシンプルなヒロイック・ファンタジー」と紹介されているのだが、実際に読んでみると意外と怪奇小説幻想小説の趣もあり、主人公コナンも意外と饒舌に自らの運命について語ったりするので驚いた。剣と魔法ジャンルのルーツと言うだけの面白さがある。(ただし1930年代のエンタメ作品だけあってポリティカル・コレクトネスのポの字もないのでそこはご注意) 全て短編なので気軽に読める。

 

 

そのうち読みたい

 

最近ネトフリで人気があるというので見てみたドラマの『ザ・ウィッチャー』も、たいへん暗くて重いダーク・ファンタジーという感じで「エルリックみたいじゃん!」と思いました。(ゲームも大人気なんですってね)ザ・ウィッチャーが好きな人もぜひエルリックに挑戦してみてください。

こちらは最近出た、ドラマ版シーズン1のエピソードを収録した短編集とのこと。

 

 

 

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2023年9月に開催された「第三回かぐやSFコンテスト」に投稿した短編SF小説が、選外佳作に選ばれました。近未来のパリを舞台としたクィア・スポーツSFです。

pikabia.hatenablog.com

こちらはカクヨム公式企画「百合小説」に投稿した、ポストコロニアル/熱帯クィアSF。

kakuyomu.jp

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