もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

,

文庫でポーを読もう! エドガー・アラン・ポーの文庫を徹底比較

ポーの文庫ってどれを買ったらいいの!?

私は御多分に洩れずエドガー・アラン・ポーのファンです。ミステリ、ホラー、ゴシック、SF、ファンタジーといったジャンル全てのルーツになっていると言っても過言ではない(やや過言)作家なので、そういうジャンルが好きな人はだいたいポーが好きになるのです。

しかもポーの小説は全部短い。上記ジャンルのエッセンス中のエッセンスが、短編の形で凝縮している。何度読んでも面白いわけだし、もう持っているのに新しい文庫が出たりするとつい買ってしまうわけですね。

というわけでこのブログでもポーを紹介しようかと思ったものの、いざどのバージョンにしようかと考えると困ってしまった。種類が多い。どれも魅力があり、一長一短で選び難い。

ならばいっそ現行の文庫版を網羅して比較すると、これから読む場合に便利なのでは……? というわけで、今回の記事はポーの文庫版徹底比較です。各社から出ている文庫版のリンクに、発行年数・翻訳者・収録作(小説集のみ)を併記してみました。ぜひ自分に合いそうなものを探してみてください。

 

 

光文社古典新訳文庫

私は光文社古典新訳文庫が好きなので、もし特にこだわりが無いのであればこのシリーズをお勧めします。この文庫レーベル自体が古典的名作を読みやすい訳で届けることをコンセプトにしているので、とにかく読みやすいはずです。2冊あるので、気になる作品が載っている方、あるいはいっそ両方買ってください。どちらの巻にも、ミステリ系とホラー系がバランスよく収録されていますね。訳者の小川高義は同レーベルでフィッツジェラルドヘミングウェイも訳してます。(なお「アッシャー家」の方には詩も二編収録)

2006年 小川高義訳 黒猫/本能vs.理性──黒い猫について/アモンティリャードの樽/告げ口心臓/邪鬼/ウィリアム・ウィルソン/早すぎた埋葬/モルグ街の殺人

2016年 小川高義訳 アッシャー家の崩壊/アナベル・リー/ライジーア/大鴉(おおがらす)/ヴァルデマー氏の死の真相/大渦巻への下降/群衆の人/盗まれた手紙/黄金虫(こがねむし)

 

 

新潮文庫

現行の新潮文庫はSF・文学批評でもおなじみ巽孝之編訳で3冊にまとまっていますが、「ゴシック編」「ミステリ編」「SF&ファンタジー編」とテーマ別に編集されているのが特長。有名な作品はおおむねゴシック編とミステリ編に収録されているため、3冊目のSF&ファンタジー編はここで挙げた中でも最もマニアックなセレクトとなっていて楽しい。訳文は光文社古典新訳と比べるとやや硬めか。先日放送された「NHK100分de名著」でポーを解説していたのもこの訳者。

2009年 巽孝之訳 黒猫/赤き死の仮面/ライジーア/落とし穴と振り子/ウィリアム・ウィルソン/アッシャー家の崩壊

2009年 巽孝之訳 モルグ街の殺人/盗まれた手紙/群衆の人/おまえが犯人だ/ホップフロッグ/黄金虫

2015年 巽孝之訳 大渦巻への落下/使い切った男/タール博士とフェザー教授の療法/メルツェルのチェス・プレイヤー/メロンタ・タウタ/アルンハイムの地所/灯台

 

新潮からは詩集も出てます。

2007年改版

 

角川文庫

今のところ最新のものがこの角川のシリーズで、「ゴシックホラー編」と「怪奇ミステリー編」の二分冊。訳者の河合祥一郎シェイクスピアや「ナルニア物語」の翻訳で有名ですね。わりと詩が収録されているのもこのシリーズの特長。訳文はかなり読みやすさを重視しているように思えます。

(2023年5月追記)上記二点に続き、第三弾「ブラックユーモア編」が刊行されました! 他の文庫に収録されていない作品ばかりの、かなりマニアックなセレクトです。さらに人名事典や「ポーの文学論争」など付録が110ページも付いているとのこと。

2022年 河合祥一郎訳 赤き死の仮面/ウィリアム・ウィルソン/落とし穴と振り子/大鴉(詩)/黒猫/メエルシュトレエムに呑まれて/ユーラリー(詩)/モレラ/アモンティリャードの酒樽/アッシャー家の崩壊/早すぎた埋葬/ヘレンへ(詩)/リジー/跳び蛙

2022年 河合祥一郎訳 モルグ街の殺人/ベレニス/告げ口心臓/鐘の音(詩)/おまえが犯人だ/黄金郷(エルドラド)(詩)/黄金虫/詐欺(ディドリング)――精密科学としての考察/楕円形の肖像画/アナベル・リー(詩)/盗まれた手紙

2023年 Xだらけの社説/悪魔に首を賭けるな――教訓のある話/アクロスティック(詩)/煙に巻く/一週間に日曜が三度/エリザベス(詩)/メッツェンガーシュタイン/謎の人物(詩)/本能と理性――黒猫(評論)/ヴァレンタインに捧ぐ(詩)/天邪鬼(あまのじゃく)/謎(詩)/息の喪失――『ブラックウッド』誌のどこを探してもない作品/ソネット――科学へ寄せる(詩)/長方形の箱/夢の中の夢(詩)/構成の原理(評論)/鋸山奇譚/海中の都(みやこ)(詩)/『ブラックウッド』誌流の作品の書き方/苦境/マージナリア(エッセイ)/オムレット公爵/独り(詩)

 

岩波文庫

クラシックな風格が欲しいという人はやっぱり岩波で決まり。岩波になってくると訳者も故人で、いわゆる古典的な「海外文学」という感じの文体。収録作のセレクトも現在のスタンダードとはわりと違うのが面白い。

2009年改版  中野好夫訳 黒猫/ウィリアム・ウィルソン/裏切る心臓/天邪鬼/モルグ街の殺人事件/マリ・ロジェエの迷宮事件 「モルグ街の殺人事件」続篇/盗まれた手紙

2006年改版 八木敏雄訳 メッツェンガーシュタイン/ボン=ボン/息の紛失/『ブラックウッド』誌流の作品の書き方/ある苦境/リジーア/アッシャー家の崩壊/群集の人/赤死病の仮面/陥穽と振子/黄金虫/アモンティラードの酒樽

 

岩波からは以下も出てます。

2008年

2009年

1997年

 

ちくま文庫

今回挙げた中でもちょっと異色の一冊。日本ファンタジーノベル大賞を受賞している作家・翻訳家・アンソロジストで、数々の話題作を掲載している文学ムック「たべるのがおそい」の責任編集も務める西崎憲による編訳。松井冬子による装画も耽美。

2007年 西崎憲訳 黄金虫/ヴァルドマール氏の死の真相/赤き死の仮面/告げ口心臓/メールシュトレームの大渦/アッシャー家の崩壊/ウイリアムウイルソン

 

集英社文庫

こちらもわりとクラシック。訳者の富士川義之英米文学だけでなくナボコフなども手掛ける。種村季弘による解説を収録というボーナス付き。30年以上生き残っている版というのはオーラがあります。

1992年 富士川義之訳 リジーア/アッシャー館の崩壊/ウィリアム・ウィルソン/群衆の人/メエルシュトレエムの底へ/赤死病の仮面/黒猫/盗まれた手紙

 

 

これは集英社文庫から出ている「ポケットマスターピース」という全集的なシリーズの一冊で、普通の文庫本の3~4倍の厚さなので注意(800ページ超)。鴻巣友季子桜庭一樹が編纂しており、収録作は様々な訳者によって翻訳されたもの。

2007年 大鴉/アナベル・リイ/黄金郷/モルグ街の殺人/マリー・ロジェの謎/盗まれた手紙/黄金虫/お前が犯人だ!(翻案)/メルツェルさんのチェス人形(翻案)/アッシャー家の崩壊/黒猫/早まった埋葬/ウィリアム・ウィルソン/アモンティリャードの酒樽/告げ口心臓/影/鐘楼の悪魔/鋸山奇譚/燈台/アーサー・ゴードン・ピムの冒険

 

中公文庫

こちらもクラシックな一冊で、文豪・丸谷才一による翻訳。アッシャー家も「アシャー館」と訳されている。丸谷才一と言えばジョイスの翻訳も有名ですね。

2010年改版 丸谷才一訳 モルグ街の殺人/盗まれた手紙/マリー・ロジェの謎/お前が犯人だ/黄金虫/スフィンクス/黒猫/アシャー館の崩壊

 

ここからは中公文庫からの異色作。『ポー傑作集』はなんと、当初「江戸川乱歩訳」として刊行されたものの実は乱歩訳ではなく、夭折した伝説のミステリ作家・渡辺温とその兄・渡辺啓助が訳したものなのだ。ゴーストライターならぬゴーストトランスレイターである。雑誌「新青年」で活躍した作家たちによる翻訳なので、中井英夫とかあの辺りが好きな方は挑戦してください。

さらに続いての『赤い死の舞踏会-付・覚書(マルジナリア) 』は文豪・吉田健一訳。明治から昭和にかけてのポー翻訳がどんどん発掘されている模様。

2019年 渡辺温渡辺啓助訳 黄金虫/モルグ街の殺人/マリイ・ロオジェ事件の謎/窃まれた手紙/メヱルストロウム/壜の中に見出された手記/長方形の箱/早過ぎた埋葬/陥穽と振子/赤き死の仮面/黒猫譚/跛蛙/物言ふ心臓/アッシャア館の崩壊/ウィリアム・ウィルスン

2021年 吉田健一訳 ベレニイス/影/メッツェンガアシュタイン/リジイア/沈黙/アッシャア家の没落/群衆の人/赤い死の舞踏会/アモンティラドの樽/シンガム・ボッブ氏の文学と生涯/覚書(マルジナリア)

 

創元推理文庫

そして、ポーマニアが最後に辿り着くのはこの創元推理文庫・ポオ小説全集……私もいつかこの四分冊を書棚に並べてみたいものです。

1988~1991年

 

 

以上、近年流通しているポーの文庫をできるだけ紹介してみました。漏れがあった場合はこっそり教えてください。

収録作品だけでなく、巻末の付録なども様々なので、もし可能なら大きな書店で手に取って比べてみてもらうのがいいと思います。

 

 

余談

いろいろ偉そうに語ってしまいましたが、実を言うと、私は昔ポーはあまりピンと来ていませんでした。初めて読んだ頃はもっと派手だったり過激だったりする作家(ガルシア=マルケスとか)にはまっていたので、ポーは地味に思えたわけです。

これはなんというか、今初めてザ・ビートルズを聴いても凄さがわかりづらい、という話と似ている気がします。先駆者がやったことが、その後定番になりすぎていてどこが先駆的かよくわからないという。

後になって読み返すと、これがその後に続くいろんな小説、いろんなジャンルの先駆けであり、そしてそれが短編の形にコンパクトに美しく凝縮されていることがわかり、「ポー、めちゃめちゃクールじゃん!」と鮮やかに手のひらを反すことになるわけです。

もし読んだことがない方、昔読んだけどあまり覚えていない方も、ぜひこの機会に読んでみてください。

 

追記:「アッシャー家の崩壊」を記事で紹介しました!

pikabia.hatenablog.com

 

 

※短編小説については、以下の記事もごらんください!

pikabia.hatenablog.com

pikabia.hatenablog.com

 

 

※宣伝

2023年9月に開催された「第三回かぐやSFコンテスト」に投稿した短編SF小説が、選外佳作に選ばれました。近未来のパリを舞台としたクィア・スポーツSFです。

pikabia.hatenablog.com

こちらはカクヨム公式企画「百合小説」に投稿した、ポストコロニアル/熱帯クィアSF。

kakuyomu.jp

pikabia.hatenablog.com