もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

,

鏡リュウジ『タロットの秘密』 ゲームから神秘主義へ、タロットカードのディープな歴史

占いの本ではない、タロット入門書の決定版

 

タロットカードというものに興味はあるものの、別に占いをやりたいわけではない、という人もけっこういるのではないかと思う。そんな人にお勧めしたいのが、鏡リュウジ『タロットの秘密』講談社現代新書)だ。

タロットの本というと、書店に並んでいるものの大半は占いの方法を書いたもので、タロットの歴史や文化的側面にはそんなに多くのページが割かれていないし、かといって大きな書店に行ってタロットの専門書を見ると分厚いハードカバーだったりする。その点、この本は新書なのでちょっと手に取って読んでみるにも最適だ。

著者の鏡リュウジは言わずと知れた占いの専門家で、雑誌の占いコーナーなどでもよく見る名前だが、この本を読んで、非常に論理的かつ読みやすい、端正な文章を書く人なのだとわかった。

さて、本書の構成は、まず前半がタロットの歴史とその受容についての章、後半がタロット各カードの図像や解釈についての章、そして最後に少しだけ、実際の占い方が書いてあるというものだ。占いが主眼の本ではないとはいえ、一応この本を読むだけでも占いはできるので一石二鳥である。(新書なので当然ですが、カード自体は付いてないのでご注意ください)

 

カードゲームから神秘主義

 

当ブログとして注目したいのはやはり前半の歴史編だ。ここではタロットカードの起源から、それがいかなる変遷を経て現在の形となり、またどのような文化のもとに普及し、どのような意味が読み取られていったのか、それらのことが簡潔かつ広範に語られている。

本書によれば、20世紀後半以降に様々な研究者によってタロットの起源や歴史が探求されているというが、その起源というのは15世紀のイタリアとされている。しかし最初は占いではなくゲームに使用され、貴族たちの間に普及していたという。

そのようなタロットが一転して神秘主義な色彩を帯び始めるのが18~19世紀である。空前のエジプト・ブームが起こっていたという革命前夜のパリでは、タロットの起源が古代エジプトにあるという、それ自体は事実無根の秘教的解釈が一世を風靡した。そして19世紀、社会主義者で詩人、そして魔術師であるエリファス・レヴィにより、タロットは世界の真実を記した「根元的な書物」と見なされ、またユダヤ教の神秘思想カバラとも結び付けられる。
ボードレールマラルメジョイスブルトンにも影響を与えたとされるこの人物によるタロット観は、19世紀末の象徴主義時代精神とも結びつき、当時のヨーロッパを席巻した薔薇十字運動、そして英国の魔術結社黄金の夜明け団に引き継がれていく。現在最も普及しているタロットカードである「ウェイト=スミス版」はこの結社の団員によって作られたものである。そして同じく団員であった魔術師アレイスター・クロウリーもまた、独自のタロットである「トートのタロット」を作成している。

このように、タロットカードの歴史を紐解くうちに、たちまち我々はヨーロッパ近代史の裏面というべき秘教神秘主義の歴史に巻き込まれていく。それは西欧の支配的理念であるユダヤキリスト教と、その背後で抑圧されてきた古代的なものとの相克の歴史でもある。謎めいた図像によって描かれたタロットは、ヨーロッパの精神の多面性を秘めているものと見なされるのだ。

 

タロットカードの現代的展開

 

20世紀になると、タロットはカウンターカルチャーと結びついたり、自己啓発と結びついたり、ユング心理学と結びついたりしてどんどん大衆に普及していく。ここ日本では戦後に澁澤龍彦種村季弘によって幻想文学神秘主義の文脈で紹介され、その後70年代オカルトブームの発生とともに一挙に占いアイテムとして普及したそうだ。

この本では歴史編の最後に、近年新たに作られている様々なタロットを紹介している。例えば禅をテーマにした「ZEN TAROT」や中国文化をテーマにした「チャイニーズタロット」、そして「ネイティブ・アメリカン・タロット」に代表される様々なエスニック・タロットがあるという。あるいはフェミニズム運動からは「マザーピース・タロット」をはじめ数多くのフェミニズム系デッキが生まれ、さらに90年代以降は「ゲイ・タロット」に始まる様々な性的マイノリティをテーマにしたタロットが作られているそうだ。

かくしてタロットは様々な変遷を経つつ、そして現在でもさらなる変化を続けている。その驚くべき歴史を本書は教えてくれる。

 

タロットの広がりは、それこそ無限である。ルネサンス期の伝統的寓意、古代文明への憧憬、宇宙の秘教的真実への鍵、吉凶判断、深層心理をさぐるツール、社会的メッセージの発信源、個々の創造性の発露……。そのいずれもがタロットの顔である。ひと組みのカードセットという一定の型を保ちつつ、これほどのフレキシビリティと多様性に開かれたアイテムは、ちょっとほかにないのではないだろうか。
振り返ってみれば、タロットの歴史は「創造的誤読」の積み重ねであったとも言える。
タロットというカードゲームの枠組みは、さまざまな人々の「深読み」が積み重ねられ、さまざまな思想や世界観を映し出す鏡としても機能してきたのである。
しかし、タロットという枠組み、構成は十五世紀以来ほとんど変わっていない。(「第三章 タロットの二十世紀」より)

 

そのうち読みたい

 

最初の方で書いた、分厚くてハードカバーのタロットの専門書というのが、例えばこういう本である。この本は知り合いも決定版だと勧めていたので面白そう。

 

こちらはあのイタロ・カルヴィーノが書いた、タロットを題材にした小説。この組み合わせなら絶対面白いに違いない……

 

次の一冊

 

このブログは何の話をしていてもベンヤミンが出てくるのだが、私がタロットカードに改めて興味を持ったきっかけもまたベンヤミンである。

17世紀、バロック時代の悲劇やエンブレムを分析したベンヤミンアレゴリーが、同じようにアレゴリー(寓意)図像によって描かれたタロットへの興味を搔き立てたのだと思う。ベンヤミンによればアレゴリーとは相反する意味が同時にせめぎ合う場であり、また空間的なもの(図像など)の中に時間的なもの(歴史)が封じ込められたものである。そしてアレゴリーは、キリスト教世界において抑圧された古代的なものの回帰でもある。タロットの図像にもそのようなものが読み取れるのかもしれない。

このベンヤミン・コレクション1』には、上記テーマが論じられる『ドイツ悲劇の根源』の一部であるアレゴリーバロック悲劇」が収録されている。