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ゴダール『軽蔑』つれづれ感想 あるいはヌーヴェルヴァーグ映画の楽しみ

ふつうの映画に飽きたらヌーヴェル・ヴァーグ映画を見よう

 

急にジャン=リュック・ゴダールの映画が観たくなり、ブリジッド・バルドーが出ている『軽蔑』Amazonプライムビデオの配信で見た(初見)。

Amazon プライムの古いフランス映画などは以前に比べたらだいぶ増えたように思え、今回のように唐突にゴダールが見たくなった時に見られるというのはありがたいが、本数はまだまだという感じだ。 今後に期待したい。

 

無性にゴダールが見たくなる、あるいは無性にヌーヴェルヴァーグの映画が観たくなる瞬間というのは時々あるのだが、それはどういう時だろうか。

(注:ヌーヴェルヴァーグとは、1950年代にフランスで始まった新しい映画の運動です)

それは多分、説明的な映像に飽きたときだと思う。 説明的な映像とはどういうことかと言うと、つまり物語やテーマ、製作者が観客に伝えたいメッセージなどを効率的かつ正確に伝えてくる映像ということである。基本的に、このような効率と正確さはどんな映像作品にも必要不可欠だろう。 そのような映像でなければ、伝えるべき情報が観客に伝わらないし、時には誤解が生じたり、狙った効果が得られなくなったりもするだろう。ゆえに映画やドラマの製作者は、わかりやすく明解で正確な映像を作るのだ。

ゴダールヌーヴェルヴァーグの映画が無性に見たくなる時というのは、要するにそういう映像に飽きた時である。 こちらは別に、常にそんなに至れり尽くせりにもてなされたいわけではないし、製作者のメッセージを正確に受け取りたいともそんなに思ってないし、解釈の余地のない映像ばかり見たいわけでもない。もちろんそういう映像も好きだし普段は圧倒的にそういうものの方を見ているが、そればっかりでは飽きるということだ。

ゴダールをはじめとしたヌーヴェルヴァーグの映画は、まず第一に観客に異物感を与えようとする。 なぜなら世界のリアリティとは異物感だからだ。手持ちカメラでの撮影やアマチュアの俳優の出演、街頭でのロケ撮影、雑音にまみれた同時録音、映像と音響のブツ切りのような編集など、かつてゴダールヌーヴェルヴァーグの監督たちが導入した歴史的な手法の数々は、今でも我々に異物感を与え続けてくれる。 説明的で効率的な映像に飽きた時にはこれが大変気持ち良い。効率に凝り固まった体がストレッチされる気分だ。

(なお当然のことではあるが、ヌーヴェルヴァーグの映画もまた、その目的をその映像によって我々に伝えているものではある。ただ、やり方が少し違うということだ)

 

ゴダール好きにはたまらない冒頭シーン


さて今回見たゴダールの『軽蔑』である。アルベルト・モラヴィアの小説を原作とし、ミシェル・ピコリブリジット・バルドーが主演の1963年の映画だ。

ピコリ演じる脚本家が妻のバルドーと暮らすアパートのローンを支払うため、アメリカ人映画プロデューサーの依頼を受けたことをきっかけに夫婦関係がぎくしゃくするという話で、前半はローマの歴史的な映画撮影所チネチッタ、後半は風光明媚なカプリ島を舞台とする。

冒頭、ナレーションが読み上げる映画のクレジットをバックに、画面の奥から手前に向かって女性がゆっくり歩いてくる。 その傍らに敷かれたレールの上を、脚立の上に据えられたカメラが、女性と歩調を合わせるようにゆっくりと移動撮影している。やがて画面は手前に近づいてきたそのカメラでいっぱいになり、最後にはゆっくりとこちらに回転したカメラが、見下ろすように観客と視線を合わせる

ゴダールのファンはこういう映像に目が無い。いきなり最初から、本来なら映画の中に登場してはいけない存在であるカメラの、さらに移動撮影のためのレールの映像からスタートである。まあこの映画のストーリーは映画撮影が題材なので撮影機材が出てくるのは自然なことなのだが、それにしても、何の前触れもなく冒頭に出てくるところはハッタリが効いている。こういう、「これは映画なんですよ」というメタ的な身振りもまたヌーヴェルヴァーグの特徴だし、最後に大写しになったカメラがこちらの方をまっすぐに向くカットに至っては、観客を「見てるぞ」と脅しているようにしか見えない。この冒頭シーンだけで、レンタル代数百円の元は取れたようなものだ。

 

ブリジッド・バルドーという存在

 

この『軽蔑』が初期のゴダールの映画の中でも異彩を放つ部分は、やっぱりブリジッド・バルドーの存在だろう。バルドーがどういう女優かというと、『素直な悪女』等の映画で有名になった、簡単に言えばフランス版のマリリン・モンローのような存在である。いわゆるセックス・シンボルであり、いわゆる「フレンチ・ロリータ」だ。

初期のゴダール映画に出てくる女優と言えばアンナ・カリーナジーン・セバーグ、あるいはアンヌ・ヴィアゼムスキーが有名だが、このバルドーは少しニュアンスが違う。なにしろフランスの国民的セックス・シンボルなので、いきなりヌードで登場するし、作中でもよく脱ぐ。仮に「マリリンモンロー映画」というジャンルがあるとすれば、この『軽蔑』はゴダールによるマリリンモンロー映画」という感じだ。

映画が始まってまもなく、バルドー演じるカミーユは、とあるきっかけで夫に不信感を抱き、やがて軽蔑するようになる。この映画は、前述のようなマリリン的存在であるバルドーが、時々大胆なヌードを披露しつつ、映画の大半の時間を費やして夫を軽蔑し続けるという、なんとも居心地の悪い映画なのだ。

もちろん、今日あらゆる場所で問題になっているような、「男性である映画監督と、女性であるそのミューズ」という関係の非対称性からゴダールの映画も自由ではない。初期ゴダール映画のヒロインたちは今見てもとても魅力的だが、もはやその魅力の中にある権力の作用に無自覚ではいられないだろう。初期ゴダール映画を今見るということは、そういう問題込みで見るということだ。この『軽蔑』ではバルドーという存在によってその問題がよりはっきりした形で現れている部分もあり、一方で、もともと明らかに性的な対象として人気を得た人物をゴダールがどのように撮るか、という点でその問題にある程度自覚的な映画と見ることもできる。この映画はセックス・シンボルであるヒロインがひたすら主人公を軽蔑し続けるという点で性的な視線に批判的というように見えなくもないが、その構造自体になんとも言えぬ監督側のナルシシズムやエクスキューズを感じもする。この辺りはいろんな人の感想を聞きたい部分だ。

 

巨匠フリッツ・ラング(本人役)とヨーロッパVSハリウッド


『軽蔑』もう一つの目立つトピックは、映画監督のフリッツ・ラングがなんと本人役で登場していることである。言わずと知れたメトロポリス』『ニーベルンゲン』などのサイレント期ドイツ表現主義映画の巨匠であるラングは、ナチスから逃れてフランス、後にアメリカへと渡った後はハリウッドでB級映画をいろいろ撮っていたらしい。

この映画では、アメリカ人プロデューサーに雇われたラングが、ローマのチネチッタオデュッセイアの映画化に取り組んでいるという設定だ。しかしこの時ヨーロッパの映画界は衰退を始めており、またプロデューサーはラングの脚本に納得がいかない。それゆえ主人公は脚本のリライトに雇われるというのが本作のあらすじだ。

いやもう、この「かつてドイツ表現主義の巨匠であり、ナチスから逃れてハリウッドに渡りB級映画を撮っているフリッツ・ラング(本人役)」が、「斜陽を迎えつつあるヨーロッパ映画界と、それを象徴するローマのチネチッタ」で、「強欲なアメリカ人プロデューサーにバカにされながら『オデュッセイア』を映画化しようとしている」という設定のハイコンテクストぶりだけでお腹いっぱいである。ここに、ラングの映画をもっと売れそうなものにするためのテコ入れ要因として主人公が雇われ、その美しい妻も参入して複雑な人間関係が展開するのが『軽蔑』という映画なのである。(この辺の構造は非常に戯画的でもあるので、ゴダール映画の中ではわかりやすい方かもしれない)

 

これぞヌーヴェルヴァーグという映像、インパクトのある主演女優、わりと明確なストーリーなどを備えた、ゴダールを初めて見る方にも良さそうな映画でした。

 

そのうち読みたい

 

アルベルト・モラヴィアによるこの映画の原作は、ご存じ池澤夏樹編による河出書房新社の世界文学全集に、エリアーデ『マイトレイ』とセットで入っている。かなり原作に忠実な映画化だそうです。

 

ゴダールについては、「フィルムメーカーズ」シリーズのこれが佐々木敦編で2020年に出てます。ゴダールは今年亡くなってしまったので、ほぼ全キャリアを網羅した本ということになりました。

 

 

梅木達郎「ゴダール映画と商業主義(1) : スペクタル批判から 革命へ」

https://tohoku.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=66631&item_no=1&attribute_id=18&file_no=1

フランス文学・フランス現代思想を専門とする梅木達郎による、この『軽蔑』の詳細な分析を含む論文を発見。面白いです。

 

 

ja.wikipedia.org

後半のカプリ島のシーンで出てきた建物がすごく印象的だなと思ったのですが、有名な建築なんですね。

 

 

あまり見つからないんですが、Amazonプライムビデオで見られる、ゴダール以外の監督によるヌーヴェルヴァーグの映画のリンクも貼っておきます。

5時から7時までのクレオ

5時から7時までのクレオ

  • コリーヌ・マルシャン
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ラ・ジュテ (字幕版)

ラ・ジュテ (字幕版)

  • エレーヌ・シャトラン
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