もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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YOMUSHIKA MAGAZINE vol.3 NOVEMBER 2022 特集:幻想のアメリカ

自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に起きた。彼は、やわらかな雨が降るイゲロン樹の森を通り抜ける夢を見た。夢の中では束の間幸せを味わったものの、目が覚めたときは、身体中に鳥の糞を浴びた気がした。

「あの子は、樹の夢ばかり見てましたよ」と、彼の母親、プラシダ・リネロは、二十七年後、あの忌わしい月曜日のことをあれこれ想い出しながら、わたしに言った。「その前の週は、銀紙の飛行機にただひとり乗って、アーモンドの樹の間をすいすい飛ぶ夢を見たんですよ」

ガブリエル・ガルシア=マルケス予告された殺人の記録』書き出し)

 

 

 

「YOMUSHIKA MAGAZINE」とは?

 

執筆者が楽しく気軽に更新できることを主目的とした雑誌風コンテンツ。今のところ隔月ペースだが不定期刊。

 

もくじ

 

What's New

 

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ボーカル/ギター担当エイミー・ラヴとベースほか担当ジョージア・サウスからなるロンドンの二人組Nova Twinsの、今年出たセカンドアルバムからのシングル。音圧がすごくて頭をぶんぶん振ってしまう。

 

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少女革命ウテナ』への明確なオマージュから始まって初回から話題沸騰の新作ガンダム、もはや何をか言わんやの注目作となっております。私もわりと長年ガンダムを見ていますが、今回は新しい世代・新しい層に向けてガンダムを作るんだという意気込みが強く伝わって来て嬉しいです。(『閃光のハサウェイ』の時にもそれは感じていました)

 

物語の立ち上がりがゆっくりしているこの漫画、第4巻にしてようやく、「あっ、この漫画ってこういう話なんだ!」ということがわかりました。ぜひ4巻までは読んでみてください。(SNSでバズることを狙った漫画が人気を博す昨今、このような時間をかけたスタートはとても贅沢にも思えます)

石田スイの漫画についてはこちらの過去記事をどうぞ。

『超人X』『東京喰種』 石田スイが描く生命の不可逆的な変化 - もう本でも読むしかない

 

 

特集:幻想のアメリ

 

今回は「幻想のアメリカ」特集なのですが、というのも「アメリカ」というものはあまりに巨大な存在で、しかも様々な幻想やイデオロギーに彩られて我々の前に現れ続けているので、果たして我々はいまだかつてアメリカというものを知っていたことがあったのだろうか、仮に多少知っていたとしても、それは一体どのアメリカなのだろうか、誰にとってのアメリカなのだろうか、それと実際のアメリカとはどこが同じでどこが違うのだろうか──などと考え始めるとキリがなく、そのような不確かなイメージの中で我々は「アメリカ」に魅了されてきたのだな、というようなニュアンスでやっているわけです。みなさんのアメリカはどんなアメリカですか?

 

 

アメリカそのものをテーマとした作家、として思いつくのはスティーヴ・エリクソン。この壮大で幻想的な小説は、アメリカ初代大統領トマス・ジェファソンと、その愛人となる黒人奴隷サリーの物語だ。革命前夜のパリに渡った二人は恋人として過ごすが、もしアメリカに帰ればサリーは再び奴隷となる。サリーが愛と自由との二者択一を前にした時、世界そのものが二つに分かれていく。
手に入りやすいところでは『黒い時計の旅』もお勧め。

 

 

アメリカ映画というものの神話的な原型のひとつはオーソン・ウェルズだろう。『市民ケーン』の方が代表作だろうが、リタ・ヘイワースの象徴的な存在感とラストのミラーハウスの場面のインパクトでこれを挙げたい。

 

 

「最も偉大なアメリカ文学」と言われることもあるが、この、成り上がり大富豪の放埓の日々とナイーブなすれ違いの恋の物語がアメリカ文学を代表するものなのか……という驚きがある。バズ・ラーマン監督の映画版も好きです。

フィッツジェラルドの小説についてはこちらの過去記事をどうぞ。

フィッツジェラルド『若者はみな悲しい』 消費社会の魅惑と呪い - もう本でも読むしかない

 

 

至上の愛

至上の愛

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ジャズについては全然知らないが、コルトレーンのこのアルバムの異様な雰囲気はなんだか凄いなと思う。タイトルも含めて、何かただ事ではない、ほとんど宗教的なことが起こっているというのはわかる。

 

 

ジェイムズ・エルロイ「暗黒のLA」四部作の、実際の殺人事件をもとにした一作目。歴史的な繁栄を謳歌した40~50年代のアメリカの暗黒面をこれでもかと描くエルロイの執念に当てられる。デ・パルマによる映画版もあるが、映画なら同じく「暗黒のLA」四部作に含まれる『L.A.コンフィデンシャル』の方が良かったような気もする。

 

 

The Smile Sessions

The Smile Sessions

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ザ・ビーチ・ボーイズの伝説的な未完成アルバム。「サーフィンUSA」など初期のサーフィン・ソングはアメリカの光の面を象徴する音楽だと思うが、この「スマイル」期の音楽はそれが異様な方向に進化しており、神々しさと怖さの両方を感じる。この『Smile Sessions』は残された音源を集めたセットで、最初の20曲は計画されていたアルバムの全貌をできるだけ再現してみた感じになっている。

 

 

LAとサーフィン繋がりでこの映画。地震で本土から切り離され監獄島となったLAに潜入した主人公スネークが、アメリカン・ニューシネマの象徴的人物であるピーター・フォンダと出会い、なんだかんだで大波が来て一緒にサーフィンをする(物語上は無意味な)シーンのカタルシスは忘れがたい。ディストピアSFの中に凝集する、アメリカ史と映画史の光と闇。

 

 

アメリカ史とアメコミヒーローの関係というのもディープな題材だが、それを極端に突出した形で見せてくれるのがアラン・ムーア原作のこのコミック。ザック・スナイダーによる映画もあるけど私は原作の方が好きです。

 

 

近年はアフロフューチャリズムの観点から取り上げられることも多いアフリカ系SF作家ディレイニーのベストセラーにして代表作にして怪作。めくるめく長い物語を読んでいるうちに、半ば廃墟となり、異形のものたちが跋扈し、時間の流れすら混乱する架空の都市ベローナがアメリカそのもののように思えてきてしまう。

 

 

ここらで日本から見たアメリカを。ソロでははっぴいえんどよりもアメリカのポップスを直接参照した感じの多く曲を作っていた大瀧詠一の、誰でも知ってる代表作。ジャケットも含めてアメリカ幻想の集大成という感じ。(その分ラスト曲がシベリア鉄道なのが驚く)

 

 

フィッツジェラルドやチャンドラー、カーヴァーなどの翻訳でも知られる村上春樹だが、春樹がアメリ現代文学の深い影響下にある作家だということは初期作の方がわかりやすい。(というか初期作しか読んでいないのですが)作中に登場するアイテムやファンタジックな雰囲気に、アメリカへ向けて日本から遠ざかるベクトルがある。

 

 

この後『ピストルズ』『オーガ(ニ)ズム』へと続く神町サーガ三部作の第一作だが、三部作を貫くテーマがまさに「アメリカ」であった。重厚な物語の中に、戦後日本とアメリカの関係が、さりげなく、しかし重要な縦軸として埋め込まれている。(なお三作目ではさりげなさが放り出されてオバマ大統領本人が登場)

 

 

間違いなくアメリカそのものを代表する映画監督の一人であろうスピルバーグだが、この映画、およびそこに登場するトム・クルーズを見た時に、このイメージが現代のアメリカなんだなと強く印象に残ったのを覚えている。即物性としてのアメリカ。

 

 

美と悪徳を必ずセットで映す映画監督がフィッシャーだと思うが、Facebook誕生秘話を映画化したこれも溜息がでるほど美しい映像と溜息が出るほどしょうもない人々の姿を同じくらいビビッドに見せつけられ、「そうですか~~」とならずにはいられない。たぶん実際のザッカーバーグとはだいぶ違うんだろうなと思いつつ間違いない傑作。

 

 

いまだにブローティガンという作家が一体なんなのかわからないのだが、時々ブローティガンを読まなきゃという気分になって、断片的な物語を何篇か読んではあまりに悲しい気分になって本を閉じる。一体ここに書いてあるものはなんなんだろうか。

 

 

Random Pick Up:ガブリエル・ガルシア=マルケス予告された殺人の記録

 

初めて読んだガルシア=マルケスはこの本だった。薄い文庫本(150ページくらい)で、読みやすそうだったからだ。時々、買った時の状況を覚えている本というのがあるものだが、この本を買った日は晴れた休日で、ちょっとした面倒な用事の後、知り合いに会うために初めて降りた駅のショッピングモールの本屋で買ったのだった。知り合いに会った後、そのモールのカフェか何かでこの本を読み始めたんだと思う。

物語は、語り手である「わたし」が、町の人々への聞き取りによって、27年前の婚礼の日の翌日に起こった殺人事件のあらましを再構成するというものだ(実際の事件がもとになっているらしい)。殺人事件が起こるまでの過程と、その背景、そしてその運命的な一日の詳細な出来事が、いかにも南米文学という感じの濃密な雰囲気の中で語られる。作者はこれを自分の最高傑作と呼んでいるそうだ。これを読んだ後、しばらく私は『百年の孤独』を始めとしたガルシア=マルケス作品を読みふけることになった。

 

 

あとがき

 

このYOMUSHIKA MAGAZINEも3号目だが、この雑誌風記事を作っている動機としては、やはり雑誌というものへのノスタルジーがある。いや、別にこの世から雑誌が消滅したわけでは全くないのだが、自分が好んで読んでいた雑誌がなくなってしまい、その後雑誌自体をあまり読まなくなってしまったということである。

雑誌というものの、雑多な内容の短い記事が載っていて、しかし全体としてなんとなく統一感がある、そういうところが好きだった。

またそういう雑誌を買う生活がしたいと思う。

 

(2022.11.20)