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BUCK-TICK『SIX/NINE』『十三階は月光』 コンセプト・アルバムという贅沢

BUCK-TICKのお勧めコンセプト・アルバムを唐突に紹介する

 

音楽を聴く手段がすっかりサブスクに移行し、音楽雑誌を読むこともなくなると、近年はいよいよ音楽なんてその時なんとなく目についたものを聴くという感じになっている。(ちなみに私は音楽雑誌を読んでCDを買っていた時代を知っている人間である)
流行の音楽というのは現在も存在するのだろうが、それはかつてのそれとはずいぶん違う形になったように思う。とはいえ、そもそもテレビやラジオそして音楽ソフトが主な媒体だった頃の「流行の音楽」というのは、20世紀中盤~21世紀初頭という100年足らずの時代に起こった限定的な現象だったということなのだろう。

このような状況であれば、もはや流行など気にせず、各自自分の好きな音楽を好き勝手に語るしかないだろう。いや、もともとそうだったのだろうが……

 

というわけで唐突にBUCK-TICKのアルバムを紹介をしようと思ったわけだが、私はわりと年季の入った、しかしライトファンである。アルバム全部をきちんと聴いたわけではなく、ライブに行ったこともないが、もう20年以上聴いている。20年の間にはいろんなタイプのロックバンドにはまっては飽きてを繰り返していたので、これだけ継続して好きなバンドは唯一かもしれない。

BUCK-TICKをまるで聴いたことがないという人は、いますぐベスト盤なりサブスクのトップソングなりをサクッと聴いてください。活動期間の長いバンドだが、どの時期の曲を聴いても世界観自体はそんなに変わらない。

 

コンセプト・アルバムという形式

 

ここでは私の偏愛するアルバムについてのみ紹介する。1995年の「SIX/NINE」、2005年の「十三階は月光」だ。バンドのファンなら、どういう基準で選ばれた2枚なのかすぐにわかると思う。これらは明確にコンセプトアルバムとして作られ、そしてそのコンセプトアルバムとしての完成度が非常に高い2枚なのである。

思えばコンセプトアルバムというもの自体、現在はますます時代遅れになっているし、それゆえある種のオーラを纏っているといえなくもない。いまどき一時間くらいのアルバムを最初から最後まで、ひとつの作品として聴くというのは相当な物好きのやることだと思う。私もめったにやらない。だがめったにやらないがゆえに、それはレアで濃密な体験になっている気もする。

「SIX/NINE」と「十三階は月光」の2枚は、どちらも歌のないオープニング曲とエンディング曲があり(それらは対になっている)、途中にサウンド・エフェクトだけの短い曲などが演出として挟まれ、様々な場面を練り歩くように、ジャズやキャバレー調なども含む多彩なジャンルの曲が並べられている。しかしジャンルが多彩とはいえ、全体を貫くムードは強く統一されている。それはゴシックで、耽美で、退廃的なムードだ。シングル曲になるような覚えやすい曲はあまりないが、その分アルバム全編を一幕の舞台のように聴くことができる。またこれは気のせいかもしれないが、このようなコンセプトアルバムに入っている曲は、それが他のアルバムに入っていることなど想像がつかないものだ。私はサブスク時代になってから改めてこれらのアルバムを聴いて、コンセプトアルバムを聴くというのはとても贅沢な時間だなと思った。

 

「SIX/NINE」と「十三階は月光」

 

両者の違いについても述べておこう。「SIX/NINE」はバンドが最も音響的な実験を行っていた時期のアルバムで、多くの曲ではボーカルにエフェクトがかかり、エコーやノイズが多用され、サイケデリックな音像が作られている。電子音の使用も多い。一方「十三階は月光」はオーセンティックなゴシック・ロックを追求したアルバムで、シンプルなロックバンドの構成でダークな世界を演出している。ライブではステージが洋館になっていたらしい(見たかった)。「SIX/NINE」は近未来ゴシック、「十三階」は王道ヨーロピアン・ゴシックという感じだろうか。

濃厚な音楽体験をしたい人、一時間ほどの間、映画を見るように音楽を聴いてみたい人などはぜひこの2枚を試してみてほしい。

 

「SIX/NINE」では冒頭、歌のないオープニング曲に続き、ひしゃげた声で歌われる「love letter」「君のヴァニラ」でフリークスの愛の世界が始まり、「鼓動」「楽園」サイケデリックな眩惑に溺れ、謎のポエトリー・リーディング(?)が炸裂する「Somewhere Nowhere」で煙に巻かれた後は「相変わらずの(略)」「デタラメ野郎」「密室」などノイズとエコーと電子音の地獄めぐりめいた混沌の中盤を経て「愛しのロック・スター」でいきなりスワンプ・ロックに吹っ切れ、終盤2曲「唄」「見えないものを(略)」は90年代らしいグランジ感のあるヘヴィ・ロックで重厚かつタイトに締めてくれる。ラストは再び浮遊感のあるインストゥルメンタルでまどろみの内に近未来ゴシックの旅が終わる。


「十三階は月光」もまた歌のないオープニングで始まる。続くのはバウハウスの「ベラ・ルゴシズ・デッド」に陰鬱なピアノを足したようなイントロから魔王の詠唱になだれ込む「降臨」、その後「道化師A」「Cabaret」「異人の夜」と息つく間もなく「ゴシックすぎる……」と絶句せざるを得ない暗鬱ロックがつるべ打ちになり、箸休めのSE曲から耽美ジャズ歌謡「Goblin」を経てBUCK-TICK十八番の黒い生命賛歌「ALIVE」で最初のピークを迎え、その後オペラ座の怪人テーマをベタに引用した「DOLL」などを挟みつつ、「13秒」という13秒間の無音トラックの次にバンドの2000年代を代表する名曲「ROMANCE」のイントロが流れ出した時にはすでに魂が憂き世を離れトランシルヴァニアまで飛び去っていること請け合いだ。

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次の一枚
 

バンドのディスコグラフィーの中からもう一枚コンセプトアルバムを挙げるとすれば、大ヒット・アルバムで代表作の惡の華(1990年)だろう。親しみやすいメロディーのポップ・ソングが揃っているが、全曲にわたって、なんとなく霧に包まれたような、煙ったような音像が作られていて、曲名にあるように「幻の都」を見ているような思いがする。このモノクロ化したデ・キリコかあるいはドイツ表現主義映画のようなジャケットが全てを語っている。
 
余談なのだが、アルバムと同名のシングル曲惡の華のタイトルはもちろんボードレールなのだろうが、歌詞の内容はゴダール気狂いピエロとそこに引用されたランボー「地獄の季節」ですよね、やっぱり。

 

 

※もちろん、ここに挙げたものとは別のアルバムこそがBUCK-TICK最高のコンセプト・アルバムだ!という意見は多々あると思われます。ぜひみなさまそれぞれ語ってくださいませ。