もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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斜線堂有紀『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』 「難病もの」における批評性とストイシズム

多ジャンルで活躍する作家の出世作

 

今回紹介する作家は、このところ膨大な仕事量により各方面で注目されている斜線堂有紀

私がこの作家を初めて読んだのはSF短編で、アンソロジーに収録された短編「BTTF葬送」「本の背骨が最後に残る」が強く印象に残ったのだが、もともとこの作家はミステリや恋愛小説など多彩なジャンルで活躍している。(今年は早川書房から待望のSF短編集が刊行されるようなので楽しみです)

中でも、この作家の名前を世に知らしめたのはメディアワークス文庫から刊行されている一連の小説だと思う。今回紹介する『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』もその中のひとつだ。

 

ちなみにメディアワークス文庫というのがどういうものか一応説明しておくと、KADOKAWAから出ている文庫レーベルのひとつで、しばしばライト文芸「キャラクター小説」などと呼ばれる、いわゆるライトノベルと一般小説の中間くらいという、ぼんやりしてはいるが確実に市場が存在するカテゴリの小説を出しているレーベルだ。表紙にはだいたいアニメ/コミック調のイラストがあしらわれており、最も有名なシリーズはビブリア古書堂の事件手帖。同じようなカテゴリの文庫レーベルには、講談社タイガ集英社オレンジ文庫新潮文庫NEXなどがある。

ラノベと一般小説の中間、などと言っても考えてみればラノベと一般小説の定義自体が難しいのでさらにややこしい話になって面白いのだが今回は省略)

 

斜線堂有紀はもともとこのメディアワークス文庫からの「キネマ探偵カレイドミステリー」シリーズでデビューしており、その後同レーベルより刊行した『私が大好きな小説家を殺すまで』『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』『恋に至る病』の三作が出世作となった。

 

批判的「難病もの」

 

前置きが長くなったが、その三作のうちひとつ『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』の話に移ろう。この小説は、いわゆる「難病もの」の恋愛小説である。つまり、登場人物の一人が難病で余命幾ばくもなく、そのことを中心に恋愛ドラマが展開されるパターンの小説である。これは大変によく普及したジャンルで人気タイトルも多い。(詳しくはないです)

この小説でも語り手である中学生の少年が出会う女子大学生が難病に冒されていて余命幾ばくもなく、そのことを中心に二人の恋愛が描かれることになる。

しかしこの小説が特殊なのは、その難病の内容だ。ヒロインである女性が罹っているのは、肉体が徐々に純金に変化していくという奇病なのだ。この病で死ぬと、その遺体は三億円相当の金塊となる。

この、一見突拍子もない設定が、この小説にとって決定的に重要な部分だ。

語り手である主人公の江都(エト)は、住んでいる山間の小さな町にあるサナトリウムに収容された大学生の弥子(やこ)と出会い、やがてある契約を結ぶ。エトは弥子とチェッカーの勝負をし、もし勝負に勝てば、弥子の遺体が死後エトのものになるというものだ。エトは家庭に問題を抱えており、もし大金があれば家族から解放され町を出ていくことができる。

そして二人はやがて惹かれ合っていくが、ここでその契約が問題になる。つまり、主人公は死にゆく相手と親密になればなるほど、結果として莫大な利益を得てしまうのだ。

最初は飽くまでもチェッカーでの勝利を条件とした契約なのだが、徐々にそのことは問題ではなくなっていく。問題は、エトが弥子と気持ちを通わせれば通わせるほどに、エトが金銭的な利益を得、そのことによって自分の人生を救うこともできてしまうという事実、つまり愛する結果として自分だけが救われてしまうことについての葛藤なのだ。

これは、難病ものという形式を使いながら、難病ものという形式がそのドラマの燃料とする「死にゆく者との、限られた時間ゆえに尊い心の交わり」というクリシェに対する批評を行っている小説だと思う。斜線堂有紀は、主人公にそのクリシェに溺れることを許さない。相手に向ける愛情は、現世的な利益と救済に不可避的に結びついてしまう。主人公は喪失に酔うことも、無私の愛情を主張することもできないのだ。

これが、つまり斜線堂有紀という作家のストイシズムだと思う。恋愛小説を書きながら、情緒に没入することに一定の禁止を設けること。

 

「酷い病気だ。俺は価値を食う病だって呼んでる」
「価値を食う病って……」
「お前は自分が同じ重さの金塊より価値のある人間だと思うか?」
突然投げかけられた質問に、僕は再度凍り付く。最後に量った時は確か六十キロくらいだったはずだ。六十キロの金がどのくらいの値がつくのか分からないけれど、これだけは言える。
僕は六十キロの金塊よりはずっと価値のない人間だ。黙り込む僕に対し、遊川はせせら笑うように言う。
「価値があるんだと思えないなら地獄みたいな話だ。生きている自分よりも死んだ方がマシだと明確に突き付けられる。周りの人間だって証明し続けなくちゃならない」
「証明?」
「自分は金の為に隣にいるんじゃないってことを」

(斜線堂有紀『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』)

 

念のため書き添えておくと、そのような批評性、批判的な視点を持っていながら、あるいはそれゆえに、『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』はまぎれもない恋愛小説である。もとより正解のない問いに対する、主人公たちの逡巡と選択をぜひ読んでほしい。

 

次の一冊

 

この小説では、天才小説家の作品に救われ、彼を敬愛するようになった孤独な少女が、やがてスランプに陥ったその小説家のゴーストライターとして代わりに小説を書くことになる。この小説もまた、ある不可能な状況における恋愛を描いて『夏の終わりに〜』と共通する。

 
そのうち読みたい

 

前述した出世作三作のもう一冊。もう買ってあるので次に読みます。

 

こちらはSF的な特殊設定ミステリとして話題になったもの。早く読みたいです。

 

 


 

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2023年9月に開催された「第三回かぐやSFコンテスト」に投稿した短編SF小説が、選外佳作に選ばれました。近未来のパリを舞台としたクィア・スポーツSFです。

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こちらはカクヨム公式企画「百合小説」に投稿した、ポストコロニアル/熱帯クィアSF。

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