もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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YOMUSHIKA MAGAZINE vol.6 MAY 2023 特集:1920年代パリ

江美留には、或る連続冒険活劇映画の最初に現われる字幕が念頭を去らなかった。明るいショウインドウの前をダダイズム張りの影絵になって交錯している群衆を見る時、また夏の夜風に胸先のネクタイが頬を打つ終電車の釣革の下で、そのアートタイトルは――襟元にただよう淡いヴァイオレットの香りといっしょに――なかなかに忘れ難たかった。

切紙細工のような都会の夜景であった。 それぞれに灯の入った塔形建物の向うに霞形があって、その上方には星屑が五つ六つきらめいている。そこへ、砲弾的印象を与える一箇の銃弾が現われて、くるくると魚のように泳ぎ廻ってから、尖端を夜ぞらの一点にくっつけると、向って右方へ大きな空中文字を綴る――The Brass Bullet (銃弾はピリオッドの代りになってその場に停止してしまう)

稲垣足穂弥勒」(『一千一秒物語』所収)

 

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だいたい隔月、気持ちとしては不定期発行のブログ内雑誌。気楽な更新を旨とするお気楽コンテンツ。

 

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もうすっかりベテラン感のあるジャネール・モネイの久しぶりの新曲。しかしけっこうあけすけな内容のビデオなので、サムネイルですでに注意喚起されてます。いちおう注意して閲覧してください。ところで以前のSF叙事詩アルバム「DIRTY COMPUTER」を自ら小説化(『The Memory Librarian: And Other Stories of Dirty Computer』)していたようですが、翻訳されないですかねえ。

 

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シーズン2で完璧に終わった気でいたマンダロリアンですが、シーズン3もやっぱり最高なのであった。それにしてもこの非常にシンプルで古典的なドラマを見ていると、結局自分が映画などに求めているものって何なんだろうと思ってしまいますね。

 

いま一番はまっている漫画がこれ。以前は裏サンデー連載だったものが、いろいろあって現在はkindleでしか読めないようです。こういうのが読みたいんだよというクールでシビアなSF/ファンタジー

 

 

特集:1920年代パリ

 

「モダン・エイジ」「ジャズ・エイジ」「ローリング・トゥエンティーズ(狂乱の20年代)」「レ・ザネ・フォール(狂気の時代)」などと呼ばれる1920年代。第一次大戦大恐慌に挟まれた好景気の時代。自動車が走り、百貨店が立ち並び、女性が街に繰り出し、現代の都市生活の基本的な様式が現れた時代。

そのような20年代の中心はもちろんパリ。世界各国から芸術家が集まり、禁酒法を逃れてやってきた裕福なアメリカ人が夜な夜な遊び回る。

そしてその背後では、世界大戦で開いた裂け目が徐々に大きくなり、前衛芸術の冒険とファシズムの胎動が並行する。

今回はそんな100年前のパリの特集です。

 

まずはテーマソング。ジャズ・エイジの主題歌「ラプソディ・イン・ブルー」と、当時の状況をそのままタイトルにした「パリのアメリカ人」をどうぞ。

 

これははっきり言って名著。20年代パリのありとあらゆる人物とエピソードが網羅されている。古本でもそんなに高くないようなのでぜひお手元に。

 

この時代のパリと言えば鹿島茂海野弘。私が読んだのはこの文庫だが、同じようなテーマの本がいろいろ出てるので物色してみてほしい。この本はパリの文化を形作った異邦人たちについて。

 

海野弘20年代ヨーロッパの諸相について書いた充実の一冊。今回の中から何か一冊だけ読むならこれがお勧め。少し前の時代を書いた『アール・ヌーボーの世界―モダン・アートの源泉』もよいです。

 

20年代パリのキーパーソンのひとりがシルヴィア・ビーチ。彼女が開いた書店はあらゆる芸術家の集まる伝説の書店となった。シルヴィア本人によるその記録。

 

もう一人のキーパーソンが、自らのギャラリーで多くのアーティストを育て、またフィッツジェラルドらを「失われた世代」と名付けたガートルード・スタイン。この本は未読なのだが、スタインが生涯のパートナーであるアリス・B・トクラスの自伝という形で書いた当時の記録。復刊希望。

 

伝説のダンサー、ニジンスキーを擁し、パリで圧倒的な人気を誇ったというバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)。天才プロデューサーにして稀代の山師、セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ団は、当時の芸術の結節点となった。

 

バレエ・リュスの花形ダンサー、ニジンスキーの写真集と、山岸凉子による伝記漫画。どちらの表紙も、ニジンスキーが演じたドビュッシー作曲のバレエ「牧神の午後」から。

 

さすがに高くて読んでいなかったバレエ・リュスの総裁ディアギレフの自伝だが、今見たらかなりの金額で取引されている模様。ニジンスキーはかつてディアギレフの愛人で、ディアギレフはその後もバレエ団の花形ダンサーと関係を持った。絢爛たる人生の末にヴェネツィアで息を引き取った際、それを看取ったのはココ・シャネルとその親友ミシア・セルトだったという。

 

こちらはマッツ・ミケルセンストラヴィンスキーを演じたフランス映画。冒頭にストラヴィンスキーが作曲したバレエ・リュスの演目「春の祭典」の初演シーンがあり、前衛的すぎて観客が怒り出す有名な場面が再現されており楽しい。その後ストラヴィンスキーニジンスキーがケンカするシーンもある。

もちろんココ・シャネルも20年代パリの最重要人物。

 

当時の流行・風俗を優雅に描いたイラストレーターがジョルジュ・バルビエ。ニジンスキーの絵も多く描いている。

 

20年代そしてアール・デコを描いた画家といえばレンピッカ。フィッツジェラルドの表紙に絵が使われがち。

 

アメリカから当時のパリにやって来て、妻のゼルダとともに豪遊していたのがフィッツジェラルド。なおこの短編集には、好景気の終わったパリに戻って来た主人公を描く「バビロン再訪」も収録されている。20年代のパリには他にもヘミングウェイジョイス、エリオット、エズラ・パウンドなどが跋扈していたという。

 

当時のパリで最強のインフルエンサーと言えばコクトー。彼が主催したカフェ「屋根の上の牡牛」もまた、芸術家たちが集まる文化の中心だった。

 

その「屋根の上の牡牛」と同じ題名を持つ、コクトー演出のバレエを作曲したのがダリウス・ミヨーガーシュウィンと同じく、クラシックとジャズを融合した作曲家として知られる。シャネルが衣装をデザインしたバレエ・リュスの演目「青列車」も手掛けている。

 

ニューヨークからやってきたダダイストの写真家。前衛写真のほか、モンパルナスのキキを始めとして当時の著名人を多く撮影した。

 

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画家であるフェルナン・レジェが作ったアヴァンギャルド映画。音楽はジョージ・アンタイル。まさに「バレエ・メカニック」というタイトル通りの、機械の時代の芸術。

 

20年代を生きた音楽家たちにとっては少し先輩にあたる最初期の前衛音楽家のひとり。関連図版を満載したこの図録は豪華なので買っておいたほうがいいぞ。

 

チューリヒ・ダダの発起人、ダダイズムの開祖とされるトリスタン・ツァラは、アンドレ・ブルトンの熱烈な招聘に応えて20年代のパリにやってくる。ツァラはパリにダダ旋風を起こすが、破壊だけを目的としたダダは長くは続かないのだった。

 

そんなダダの影響を受けつつ、やがてシュルレアリスムの中心人物となったブルトン。近年は批判されることの方が多い気がするが、小説と詩と写真が合体したこの『ナジャ』は面白いですよ。

 

実験的小説で知られるクノーだが、これはその自伝的小説。シュルレアリスムとの出会いと決別を書いた青春小説と言える。登場人物たちはひたすらパリの通りを歩き回り、当時の光景が目に浮かぶ。

 

ベンヤミンもまたしばしばパリ滞在し、20年代の空気を吸いながら19世紀のパリ、同時代の芸術、そして全体主義について研究を続けた。

 

20世紀初頭の芸術と文化、美学と思想について考え続けた多木浩二の論集。エドワード・スタイケンなどファッション写真の歴史にも紙幅が割かれている。

 

 

Random Pick Up:稲垣足穂一千一秒物語

 

はい、足穂ですね。そりゃあもう足穂なんて好きに決まっているのだが、なんとなく自信を持って「足穂、好きです」と言いづらい雰囲気もある。何故かというと、読んでも何が書いてあるのかよくわからないからだ。

記事冒頭に引用した「弥勒」も、とにかくすごく好きだとは思うのだが、正直何が書いてあったのかよくわからない。イメージの強力さと膨大さが自分のキャパシティを超えていて、何かすごいものを見たんだけどそれがなんだかわからないような、ただ気分だけが残っていて具体的なことは何一つ思い出せないような、そんな感じが稲垣足穂の小説には常にある。

しかしそうやって、確実に美しく魅惑的なのに、ぼんやりとしか、曖昧にしか把握できないということの、なんという甘美さか。

緻密に読んで把握したいという欲求と、このまま曖昧な状態にしておきたいという欲求、さて今後どちらが優勢になるのか。