もう本でも読むしかない

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アニメ『デビルマン クライベイビー』 静かに研ぎ澄まされた激しさの表現

デビルマン』原作への忠実さと現代的アレンジを両立したNETFLIXアニメ

 

(中盤くらいまでのネタバレがあります)

湯浅政明監督・サイエンスSARU制作によるアニメデビルマン クライベイビー』は、2018年に配信されたネットフリックスオリジナル作品だ。

devilman-crybaby.com

永井豪による、言わずと知れた古典的作品デビルマンを、原作に非常に忠実にアニメ化した作品である。

先日、どういうきっかけだったか、寄生獣も東京喰種も呪術廻戦もエヴァンゲリオン真・女神転生も、みんなデビルマンの子どもたちだよなあ」という今さらの感慨がこの2023年に心によぎり、そういえば最近アニメ化されていたではないかと思い出して見てみたところ、大変素晴らしい作品で圧倒されてしまった。

もともと私は原作ファンで、有名なあのラストシーンなど何度読み返したかわからないが、1970年代に描かれた漫画を現代のアニメとしてリメイクするためのアレンジが驚くほど成功していると思う。

そもそも1972~73年に描かれた『デビルマン』という漫画は、多くの人が認める傑作ではあるにせよ、今読むとやはり現在の漫画とは違うスタイルで描かれたものだという印象は受けるだろう。なにせ50年前である。

この『デビルマン クライベイビー』はこれまでいくつかあった映像化の中でも最も原作に忠実なものを目指して制作されたわけだが、しかし原作漫画をそのままアニメ化したのでは、やはり古い印象のアニメになってしまっただろう。今回はそのアレンジの妙について紹介したいと思う。

 

端正な絵柄と、暴力的アニメーション

 

まず最大の変更点は絵柄そのものだ。毛筆で勢いよく描かれたような原作の筆致は、細く繊細な線にとって変わられた。登場人物たちは細身で、筋肉質ではあってもスマートだ。色彩には明暗が少なく、ややパステルカラー寄りの色が平坦に塗られており、都会的なイラストのような感じだ。そして恐ろしいデーモンたちもまた同じように細い線で描かれ、パステルカラーで塗られており、絵柄だけ見ればちょっと可愛くすらある。

このような絵柄は永井豪による原作のそれとは遠くかけ離れたもので、ともすれば無闇にソフィスティケートされてしまったかに見えるかもしれない。しかしひとたびこの絵が動くところを見れば、そうではないとわかるだろう。

繊細な線で描かれた人間やデーモンたちの動きは勢いよく、生々しく、そして『デビルマン』という作品にとって十分なほどに暴力的だ。彼らの肉体は死に物狂いで走り、跳躍し、狂乱のサバトで踊り、セックスし、そして破壊し破壊される。「端正な絵柄と暴力的なアニメーション」というこのバランスは、50年後の『デビルマン』に十分な洗練と過激さを与えているように思う。(残酷さのバランスを取るためだろうが、流血は黄色っぽい色で表現される)

背景もまた同様だ。このアニメでは風景をリアルに描き込むよりも、簡略化・様式化されたスタイルで描いている。ともすれば抽象的・象徴的とも言える様式で描かれた風景が、この神話的な悲劇の舞台となるのだ。漫画史に残るあの壮絶なカタストロフが簡素だが様式化された背景の上に描かれる様には、いわばセットの無い舞台でのギリシア悲劇の上演のような、冷めた迫力がある。

永井豪による『デビルマン』は、絵と内容の両面において、漫画という形式における「激しさ」の極致を示すものだった。そしてデビルマン クライベイビー』のスタッフは、それを新たな形で蘇らせるために、抑制と解放のバランスに注力したようだ。向こう見ずで破れかぶれの暴力ではなく、冷徹で研ぎ澄まされた暴力として、現代のデビルマンは表現されたのだ。

(とはいえこのことを、『クライベイビー』の限界と見なす人もいるだろう。原作の『デビルマン』にあったのは、決して抑制することなどできないように見える荒々しさであり、それこそを本質と見なす人にとってはこのアニメ化は物足りないものだろうと思う。しかし同時に、今回強調されたような抑制や冷徹さ──それを批評性と呼んでもいいかもしれない──もまた、原作がもともと備えていたものなのではないかとも思う)

 

舞台となる時代に左右されない物語の核心

 

もちろん物語上にも様々なアレンジがある。主人公の不動明とヒロインの美樹は陸上部員ということになっており、同じく陸上部の新キャラクターも追加されている。

美樹のライバルであり劣等感に身を焦がすミーコや、物語の転換点を作る競合選手の幸田などのオリジナルキャラクターは、日常シーンに厚みを持たせ、物語の奥行きを上手く深めている。(ちなみに今回のアニメには明確な同性愛の描写があるのだが、これはもともと原作が持っていた強いクィア性からすれば自然な成り行きだろう)

 

また舞台となる時代は現代に移し変えられ、インターネットやSNSも効果的に登場する。舞台設定を現代に移すことでリメイクに無理が生じてしまう作品もあると思うが、今回の場合は意外なほどに違和感が無かった。

それはひとつには、『デビルマン』の物語は人間の根源的なものを扱った神話や寓話のようなものであり、その内実は、それを取り巻く社会や技術にそこまで左右されないというのが理由だろう。もともと現実の社会がリアリスティックに描かれた漫画ではないのだ。そして『クライベイビー』の前述したような様式化された象徴的な演出は、時代設定の変更を超えて、原作のもつ普遍的な要素を巧みに抽出しているのだと思う。

実際、いま改めてこの物語を体験すると、この物語の大きなテーマである人間の弱さやそれゆえの悪意などは、現在の我々にとっても恐ろしいほどにリアルなものだということがわかるだろう。

 

このように、褒めたいところを挙げていくときりがないのだが、最後に何としても触れておきたいのは第2の主人公である飛鳥了の素晴らしさだ。

主人公の不動明がかなり原作に忠実なキャラクターデザインであることに比べ、髪を短く刈り込んで大胆にイメージチェンジした了は、見事に現代のダークヒーローあるいはアンチヒーローとしての復活を遂げた。

街中で機関銃を乱射し、高級車を乗り回す金髪の美青年という原作の設定はそのままに、時に流暢に英語を話し、明の前では子供のような顔を見せる新しい飛鳥了は、文句なくこのアニメを象徴するキャラクターだろう。知性と狂気、冷徹さと深い愛情を演じ分ける村瀬歩の演技も素晴らしい。

原作ファンにも見てほしいし、原作を知らない人にはもっと見てほしい傑作アニメだ。

 

※下部にネタバレ雑談あります。

 

次の一冊

 

今現役で流通してそうな原作はこの2種でしょうか。上の愛蔵版は全5巻で、本編完結後に描かれた番外編「新デビルマン」を途中に挟み込んであります(この部分は絵柄がぜんぜん違うので読めばすぐにわかる)。本編中にもいろいろ加筆があるそうです。

下の「THE FIRST」はそういった加筆や追加がなく、なるべく雑誌掲載時そのままの状態で全3巻にまとめたもの。こちらも読んでみたいですね。

 

こちらは『デビルマン』の直前に描かれた、デビルマンの原型となる作品。これもたいへん迫力があって好きです。全2巻。

 


 ネタバレ雑談

  • ラップ/ヒップホップについては門外漢なのでその辺の描写の巧拙についてはよくわからない。驚きはしたが特に変だとは思わなかった。
  • 美樹がわりと有名人で拡散力があり、SNSへの投稿によって各地のデビルマンが立ち上がるというアレンジは見事だった。美樹というキャラクターの重要性が増すし、現代を舞台に移したことを効果的に利用していると思う。
  • 雷沼教授の役割を飛鳥了に移したアレンジも全体がスマートになり、了と明の対立の理由もはっきりして良かった。
  • 上にも書いたが陸上部のミーコとスーパー高校生の幸田という追加キャラは大変効果的で、側面から物語の厚みを出しているし、同じようにデビルマンであるこの二人がそれぞれ別の選択をするという展開もいい。
  • 原作の、飛鳥了の正体が明らかになったシーンで出てくる、了が明を愛したのは「両性生物だから」という発言はなくなっており、確かに現在では不要だよなと思った。原作が描かれた当時も、一種のエクスキューズとしてあのセリフがあったのではないかと私は思っている。(天使である了が「両性生物」だという設定自体にはもちろん必然性があると思うが、それが「明を愛した理由」である必要はない)

 

 

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2023年9月に開催された「第三回かぐやSFコンテスト」に投稿した短編SF小説が、選外佳作に選ばれました。近未来のパリを舞台としたクィア・スポーツSFです。

pikabia.hatenablog.com

こちらはカクヨム公式企画「百合小説」に投稿した、ポストコロニアル/熱帯クィアSF。

kakuyomu.jp

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