国際情勢が息つく暇もない昨今ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。世の中が落ち着かなくなればなるほどSNS上に拙速な言葉が飛び交うのはもはや避けがたい世界の有様ですが、そんな時ほど書物に蓄えられた思考に触れ、言葉の減速を図るべきかと思います。もう本でも読むしかない。というわけで月初恒例の気になる新刊チェックです。
SF・ファンタジーの短編の名手として知られるケリー・リンク、実に10年ぶりの単著邦訳。入手困難なものが多いが、他に『スペシャリストの帽子 (ハヤカワ文庫 FT リ 3-1)』(同訳者)『マジック・フォー・ビギナーズ (ハヤカワepi文庫 リ 1-1)』『プリティ・モンスターズ』の邦訳がある。訳者近訳書に『塩と運命の皇后 (集英社文庫)』『さようなら、ビタミン』など。
『三体 (ハヤカワ文庫SF)』の劉慈欣を含む「中国SF四天王」のひとり韓松による、病院を舞台としたディストピア長編が登場。英語版からの重訳(様々な経緯があるようです)で、訳者はバラード、ディック、カヴァンなど手掛ける。近訳書にバラード『旱魃世界 (創元SF文庫)』『太陽の帝国 (創元SF文庫)』、カヴァン『アサイラム・ピース』『氷 (ちくま文庫 か 67-1)』、ディック『シミュラクラ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)』など。
2017年デビューの作家による、韓国でベストセラーとなったSF短編集の文庫化(単行本2020年)。他に同訳者による『地球の果ての温室で』の邦訳がある。訳者は韓国の小説を多数翻訳し、近訳書に『カクテル、ラブ、ゾンビ』『誤解されても放っておく もう「気にしすぎる」のは、やめることにした』『夜間旅行者 (ハヤカワ・ミステリ)』など。
チェコの作家・詩人・哲学者による幻想小説の文庫化復刊(単行本2013年)。他に同訳者による『黄金時代』の邦訳あり。訳者はチャペック『マクロプロスの処方箋 (岩波文庫 赤774-4)』『ロボット(R.U.R) (岩波文庫 赤 774-2)ロボット RUR (中公文庫)』『白い病 (岩波文庫 赤 774-3)』、ヴァーツラフ・ハヴェル『力なき者たちの力』『通達/謁見 (東欧の想像力 20)』、フラバル『わたしは英国王に給仕した (河出文庫)』など手掛ける。訳者近著に『翻訳とパラテクスト: ユングマン、アイスネル、クンデラ』など。
2024年7月刊行の『踊る幽霊』でデビューした作家による、「憂鬱なグルメ小説」短編集。
太宰治賞を受賞した、印象的なペンネームとセンセーショナルな内容で話題のデビュー作。
2021年に単行本の出た作者のデビュー作の文庫化で、第二回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞している。近作に『スターゲイザー (集英社文芸単行本)』『鳥と港』など。
雑誌「SFマガジン」の「BLとSF」特集を増補して文庫化。なんと高河ゆんの漫画も収録。
第一次大戦における大量死が探偵小説を生み出したとする、著者のよく知られる批評のエッセンスを過去の著作からまとめた新書が登場。批評家としての著者近著に『自伝的革命論: 〈68年〉とマルクス主義の臨界』『増補新版 テロルの現象学: 観念批判論序説』、小説家としては『煉獄の時 (文春e-book)』『転生の魔 私立探偵飛鳥井の事件簿 (講談社文庫)』など。
1989年に邦訳が刊行されていた、現代の歴史哲学の名著が文庫化復刊。同著者は『アートとは何か: 芸術の存在論と目的論』の邦訳もあり。訳者はオートポイエーシスの研究などで知られ、近著に『ダ・ヴィンチ・システム:来たるべき自然知能のメチエ (ヒューマンフィールドワークス)』『哲学の練習問題 (講談社学術文庫)』『経験をリセットする――理論哲学から行為哲学へ』など。
2003年に死去した英国の哲学者による、古代ギリシア文学を読み解き近代道徳を批判する本。他に『道徳的な運: 哲学論集一九七三~一九八〇 (双書現代倫理学 5)』、アマルティア・センとの共編著『功利主義をのりこえて:経済学と哲学の倫理』の邦訳あり。
邦訳も多い人類学者インゴルドによる、これからの世界を考えるための「世代」論。著者近著には『応答、しつづけよ。』『人類学とは何か』(同訳者による)『生きていること』などがある。訳者も人類学の著作が多く、近著に『ひっくり返す人類学 ――生きづらさの「そもそも」を問う (ちくまプリマー新書)』『はじめての人類学 (講談社現代新書)』『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと (新潮文庫 お 113-1)』などがある。共訳者の鹿野マティアスはこれが初の訳書のもよう。
難病から「生き残ってしまった」と感じる著者による、自分自身の探求の記録。シリーズ「ケアをひらく」より。
代表的な著書『イメージ、それでもなお アウシュヴィッツからもぎ取られた四枚の写真』によって絶滅収容所で撮影された4枚の写真を論じた著者が、同じ写真を題材に大作「ビルケナウ」を制作したゲルハルト・リヒターに問いかける。著者近著に『われわれが見ているもの、われわれを見つめるもの』『受肉した絵画 (叢書言語の政治 25)』、訳者の西野路代は「ユリイカ」や「美術手帖」にリヒターに関する文章を寄稿している。
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ディディ=ユベルマン『場所、それでもなお』 強制収容所の歴史を表層/外観から読み取ること - もう本でも読むしかない
ソ連生まれ、カナダ在住の、シオニズムおよびイスラエルについての著名な研究者による概説書が岩波ブックレットより。翻訳はデリダ研究で知られる鵜飼哲。
『失敗の本質: 日本軍の組織論的研究 (中公文庫 と 18-1)』著者による、全てが失敗に終わったという、日中戦争を回避するための和平工作の研究。著者近著に『日中和平工作: 1937-1941』『戦争のなかの日本』、共著に『日本の戦争はいかに始まったか―連続講義 日清日露から対米戦まで―(新潮選書)』ほか。
小説や映画において、なぜ戦時暴力の物語が時を経ても生み出され続けるのか。ドイツの事例をもとに研究する。著者近著に『反ユダヤ主義と「過去の克服」: 戦後ドイツ国民はユダヤ人とどう向き合ったのか』『時間/空間の戦後ドイツ史:いかに「ひとつの国民」は形成されたのか (MINERVA歴史・文化ライブラリー)』など。
日本と中国というふたつの「帝国の狭間」にともに置かれ、その影響を大きく受ける場所である台湾と沖縄についての論集。編者の近著に『統治される大学: 知の囲い込みと民主主義の解体』『「私物化」される国公立大学 (岩波ブックレット NO. 1052)』など。
日本統治下の台湾から日本本土に動員され、あるいは留学していた台湾人たちが、戦後「外国人」として追われる中で新宿歌舞伎町に深く関わったという歴史。2017年に刊行されたものの文庫化。著者のひとりは他に『オオクボ都市の力―多文化空間のダイナミズム』も。
昭和天皇と側近たちのやりとりを詳細に記録した「昭和天皇拝謁記」を原武史が読み解く。著者近著に『戦後政治と温泉 箱根、伊豆に出現した濃密な政治空間』『地形の思想史 (角川新書)』『「線」の思考―鉄道と宗教と天皇と―(新潮文庫)』など。
平安後期に大きな権力をもったという「女院」の二百年史。著者近著に『謎の平安前期―桓武天皇から『源氏物語』誕生までの200年 (中公新書)』『斎宮―伊勢斎王たちの生きた古代史 (中公新書)』『律令天皇制祭祀と古代王権』など。
いまだ謎の多い朝鮮半島の古代国家について、最新の議論を紹介。著者には他に『古代王権と東アジア世界』『東アジアからみた「大化改新」 歴史文化ライブラリー』『藤原仲麻呂 古代王権を動かした異能の政治家 (中公新書)』など。
20世紀初頭に実在し、やがて潰えた理想都市計画についてのノンフィクション。著者の『トマト缶の黒い真実 ヒストリカル・スタディーズ』も同訳者による邦訳あり。訳者には他に『シェフ』、『ポストカード』、『エッフェル塔~創造者の愛~ (ハヤカワ文庫NV)』など。
筑摩書房の名物編集者による編集エッセイ。水木しげる、鶴見俊輔、種村季弘、赤瀬川原平など登場。著者の近編著に『杉浦日向子ベスト・エッセイ (ちくま文庫)』『お江戸暮らし ――杉浦日向子エッセンス (ちくま文庫)』など。
ではまた来月。