もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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YOMUSHIKA MAGAZINE vol.4 JANUARY 2023 特集:ニューウェーブ

ダダイストたちの挑発にまんまと乗せられた観客は、舞台からあふれでるナンセンスな言葉の洪水に腹を立てて、生卵やトマトや腐りかけたオレンジをダダイストめがけて投げつけたり、有名な女優のマルト・シュナル(ピカビアと一緒に見物に来ていた)にフランス国歌のラマルセイエーズを歌えとけしかけたりした。 第一次大戦直後だったこともあって「愛国者」だった彼らは、外国人(ツァラはまだルーマニア国籍だった)に馬鹿にされたと思ったのである。 こうして「フェスティヴァル」は大混乱の家に幕切れとなった。
ダダの集会は、みなこうしたかたちで行われた。人々が何の疑いももたずに毎日使っている言語が、その日常的な意味から切り離されるやいなや彼らに敵対し、彼らの平穏無事な生活をどういうをさせずにはおかない事を、言語破壊装置・ダダは思い知らせようとしたのである。
(中略)
もっとも、ダダのこの種の企ては何度も繰り返されるうちに初めの毒を失い、大戦後の混乱した社会状況の中で「気晴らし」に飢えていた人々を喜ばせる見世物になってしまった。
塚原史『ダダ・シュルレアリスムの時代』「Ⅰ トリスタン・ツァラをめぐって」)

 

 

 

「YOMUSHIKA MAGAZINE」とは?

 

管理人が手軽にブログを更新するために生まれた雑誌風コンテンツ。しかし義務的になってくると面白くないのでそろそろリニューアルしてもいいのかもしれない。いまのところ隔月刊行ペース。

 

もくじ

 

What's New

 

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2017年にデビューしたロンドンのバンド、ザ・ビッグ・ムーンによる、昨年10月のサードアルバムからのPV。デビュー作からだいぶ落ち着いてましたが、さらに(いい意味で)落ち着いたロックになってきております。

 

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往年の大ヒットファンタジー映画『ウィロー』(こちらは未見)の続編ドラマ。これぞ王道という感じの冒険ファンタジー&ロマンスが楽しいです。マーベルのドラマ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』でのテロリストグループのリーダー役が印象的だったエリン・ケリーマンがメインキャラの一人として活躍してます。

 

Idol, Burning

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近年日本の小説の英語圏での紹介が盛り上がってますが、ベストセラーとなった宇佐見りん『推し、燃ゆ』もいち早く翻訳されたようです。あの書き出しは英語だと「My oshi was on fire. Word was he'd punched a fan」とのこと。

 

特集:ニューウェーブ

 

ニューウェーブ」という言葉を聞いたときに、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。ロックのジャンルとしてのニューウェーブ? それともニューウェーブSF? あるいは日本の漫画のニューウェーブ
これら全てが「ニューウェーブ」と呼ばれているわけですが、私はこれら全部が好きですので、いっそまとめて紹介してみようと思います。SFにおいては60年代から70年代、漫画とロックにおいては70年代末から80年代がニューウェーブの起こった時代なのですが、後続の2ジャンルは多かれ少なかれ先行するSFの影響を受けているものも多いでしょう。これらは偶然同じ名前で呼ばれているだけではなく、互いに影響関係があるジャンルたちなのだと思います。

もちろんこれら全てはより長い文脈の中に位置づけられるものですが、とりあえず今回は実際にニューウェーブと呼ばれたものを中心に取り上げてみます。

 

 

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UKニューウェーブの本道からは少し外れるかもしれないですが、「スカスカの演奏+高い美意識」というニューウェーブの美学のひとつを体現している感じがするのがこのザ・モノクローム・セット。ゴダール映画からタイトルを取った「アルファヴィル」という曲があったりするスノッブ感もならでは。

 

またバラードかよと言われても、ニューウェーブSFと言えばバラードなんだから仕方ないのであります。ここでは「テクノロジー三部作」のひとつ、交通事故に興奮する人間を恐ろしくも魅惑的に描いて「これが新しいSFだ」と強弁する代表作『クラッシュ』をどうぞ。

 

The Raincoats

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このザ・レインコーツなど、ニューウェーブにおいては女性バンドが登場したのも重要な出来事でした。のちのライオット・ガール、そして現在のバンドたちにも受け継がれる「自分でやってる」感。

 

ニューウェーブの漫画家をひとり挙げろと言われたらやっぱり高野文子です。このデビュー短編集では、後に全面化する手法的な実験がまだそこまで尖ってない感じですが、ヒリヒリするようなその片鱗はたっぷり。老婆を子供のような姿で描いた「田辺のつる」が白眉。

 

ロットリング(均一な線を描けるペン)の使用で日本漫画史に革命を起こしたニューウェーブの作家がひさうちみちお。この『托卵』は中世ヨーロッパを舞台に、カッコーの托卵になぞらえて差別のテーマを扱った意欲作。ひさうち作品は書店ではだいぶ手に入りづらいですが下記サイトでたくさん無料公開されてます。伝説のデビュー作『パースペクティブキット』も読める。

電脳マヴォ:検索

 

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みんな知ってる有名曲「マネー」の、オモチャ楽器によるカバーで知られるコンセプチュアルなバンド。アイディア一発感がまさにニューウェーブカーティス・メイフィールド「ムーヴ・オン・アップ」の激ゆるカバーもいいですよ。

 

マニアマニエラ

マニアマニエラ

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ニューウェーブ期の日本のバンドで好きなのがムーンライダーズ。この『マニア・マニエラ』はバンドが初めて全編でデジタル・シーケンサーを使用したアルバムで、レコード会社から難解すぎると文句を言われて一度はお蔵入りになったという。結果としてはその後のスタンダードになったので、今聴くと何が難解なのか実感しづらいという名盤あるあるです。

 

アメリカのニューウェーブSFを代表する作家と呼ばれながらその代表作と言われる作品はほとんど読めない状態のトマス・M・ディッシュの短編傑作集。白い部屋にタイプライターとともに閉じ込められた男を描く、ニューウェーブを象徴する短編と言われる「リスの檻」も収録されてます。イスタンブールを舞台にしたミステリアスな表題作「アジアの岸辺」が好きです。

 

これまた文庫が全滅してるので人に勧めづらい作家なのが、私が一番好きなニューウェーブSF作家のひとりサミュエル・R・ディレイニー。この『ドリフトグラス』は短編集と中編「エンパイア・スター」を合わせて一冊にしたもの。きらびやかなイメージと寄る辺ない人々の物語が華麗な文体で展開されます。

 

Low (2017 Remaster)

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UKニューウェーブのバンド群に巨大な影響を与えたことでおなじみ、デヴィッド・ボウイブライアン・イーノによるベルリン三部作のひとつ『ロウ』。シンセサイザーを本格的に導入した、アルバムの後半が全てインストゥルメンタルという実験作。先駆者の貫禄です。

 

Quiet Life (2020 - Remaster)

Quiet Life (2020 - Remaster)

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ボウイと並んで日本のカルチャーにも影響が大きかったらしいのがこのジャパン。ボーカルのデイヴィッド・シルヴィアンの姿を見ると「なるほどこの感じね……」となること請け合い。

 

ゴス特集の時にも紹介した気がするものの、この高橋葉介ニューウェーブの時代に出てきた漫画家。その唯一無二の描線は時代を超え、メガヒット漫画・鬼滅の刃にも影響を与えている(ような気がするんですけどどうなんでしょう)。

 

題名が死ぬほど有名なこの表題短編ですが、初めて読んだときはそのあまりに凝縮された、とんでもなく破天荒な内容に、わけがかわらないと思いつつ痺れました。大きな野心とハッタリと強烈な情念が短い物語の中に詰め込まれている。

 

ニューウェーブの漫画家の中で一番の大物と言えばやっぱり大友克洋。現在全集が刊行中で、この『童夢』もしばらくぶりに書店に並ぶことに。三次元空間の精密な描写という手法的な実験が、そのまま世界のスタンダードになった例。

 

時代は下り、90年代にニューウェーブの美学を継承していたと思うのが鈴木志保。大胆な画面構成や詩的な言語使用など、その攻めまくったスタイルは今読んでも圧倒的。『船を建てる』という題名はロバート・ワイアットの曲名「Shipbuilding」より。

 

 

Random Pick Up:塚原史『ダダ・シュルレアリスムの時代』

 

私は20世紀初頭のアヴァンギャルドの話が好きだが、その時代と芸術について最初にインパクトを受けた本が塚原史『ダダ・シュルレアリスムの時代』(ちくま学芸文庫)だったと思う。どういうきっかけで読んだのかあまり覚えていないのだが、この本は私にヨーロッパの前衛芸術、特にダダイズムトリスタン・ツァラについて強く印象づけた。

またこれはダダをはじめとした前衛芸術諸派に関する理論的な本でもあるが、一方で、20世紀初頭を生きた芸術家たちの姿をいきいきと書いたドラマティックな本でもある。特にツァラと、彼をチューリヒからパリに呼び寄せたアンドレ・ブルトン(言うまでもなくシュルレアリスムの中心人物だ)との出会いと決裂の物語は、同時に、ダダとシュルレアリスムというふたつの前衛芸術運動の関係と差異に深く結びついているのであった。

折に触れて読み返す本である。

 

 

あとがき

 

このブログを立ち上げて一年あまりが経ったわけだが、一年目は四日に一本というペースをなんとなく維持して記事を投稿し続けていた。そう無理なくこのペースを保つことができていたのだが、しかし今後の持続性を考えて少しペースを落とすことにする。五、六日に一本くらいだろうか。

このYOMUSHIKA MAGAZINEも初回以来ずっと同じ形式でやってきたが、柔軟に形式を変えながらやっていきたい(と、わざわざ宣言しないと同じ形式を無駄に遵守してしまうのです。妙に生真面目なところがあるので)。

 

(2023.1.21 旧正月)