もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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YOMUSHIKA MAGAZINE vol.7 JULY 2023 特集:写真

私はホワイルアウェイの農場で生まれた。五歳のとき、(みなと同じように)南大陸の学校にやられたが、ちょうど十二になったばかりの頃にまた家族の一員になった。母の名はエヴァ、もう一人の母親はアリシアといった。私はジャネット・イヴェイソン。十三歳の時、こっそりとオオカミを追い、北大陸の北緯四八度線の北で、誰の助けもかりずにライフルで仕止めた。オオカミの首と足をのせようとそりを作ったものの、結局持ち帰ったのは足一本だけだった。でも証拠としては十分だ(と私は思った)。鉱山、ラジオ局、酪農場、菜園などで働いていたが、足を怪我してからの六週間は図書館の仕事をした。
ジョアナ・ラス『フィーメイル・マン』第一部冒頭)

 

 

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だいたい隔月刊で更新される、雑誌風ブログ。管理人の息抜きが主な目的。

 

もくじ

 

What's New

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早いものでデビュー10年を迎えるアメリカのインディーバンド、チェリー・グレイザーの久しぶりの新曲が登場。メランコリックだけどストイックな感じが好きです。4年ぶりのアルバム「I Don't Want You Anymore」がもうすぐ公開。

 

 

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全くWhat's Newではないのですが、アマゾンプライムで昨年配信された、ウィリアム・ギブスン原作、クロエ・グレース・モーレッツ主演のSFドラマ。遅ればせながら見てみたらすごく面白くてしっかりハマっております。VR機器を介して未来の世界に移動できるという話なんですが、ギブスンらしい美学とセンスが嬉しいです。しかし原作は未邦訳!

 

 

この7月にアニメ化されたファンタジー漫画。「魔王」と「勇者」という、和製ファンタジーの定番モチーフを使ったコメディかと思わせつつ、予想を裏切る展開が連続します。昨今珍しい、3~4巻くらいまで読まないとどういう話かわからない漫画。

 

 

 

特集:写真

 

近代を代表するメディアのひとつが写真なわけだが、日本でも昔は「魂を抜かれる」などと言われていたように、写真というものは独特の魔力を持っている。それも当然で、写真というメディアは文字通り世界を変えてしまったわけで、それは同時に人間を変えてしまったということでもある。多くの人々が写真に魅せられ、写真の謎について語り、写真についての作品を残した。我々はいまだにその魔力の只中にある。

 

とりあえずベンヤミンから。写真がいかに世界と人間を変えてしまったかについてはやはりベンヤミンが参考になる。この文章は他の本にも収録されているが、この文庫は図版が多くてよい。『複製技術時代の芸術』と合わせてどうぞ。過去記事も参照。

ベンヤミン入門におすすめの文庫はこれだ!多木浩二『「複製技術時代の芸術作品」精読』 - もう本でも読むしかない

 

 

田中純の著作の中でも写真の話題が多めなのがこちら。何かを見ることによって「過去に逆撫でされる」経験について濃密に語られる論集。ディディ=ユベルマンによって論じられたアウシュヴィッツの写真についてや、松重美人によって撮られた広島の原爆投下後の写真についての文章が納められた第二章「極限状況下の写真」は強烈な印象を残す。

 

 

フォトモンタージュ(コラージュ)を表現手法に取り入れたの最初期の運動のひとつがダダイズム。特にハンナ・ヘッヒやラウール・ハウスマンなどベルリン勢が有名。写真の「身も蓋も無さ」もまた、この時代の前衛芸術と通底する。

 

 

アルゼンチンの作家コルタサルの短編『悪魔の涎』は写真をめぐる物語で、ミケランジェロ・アントニオーニ監督『欲望』の原作として有名。

 

 

記号学者バルトの著名な写真論だが、読んだ印象としては「とにかくずっと母親の話をしている本」という感じの、ある意味奇書かもしれない。写真の中の気になる一点を指す概念「プンクトゥム」という言葉の響きも忘れがたい。

 

 

単に題名にカメラが入っているというだけで載せているムーンライダーズのアルバムだが、内容と言えば全ての曲名がフランス映画のタイトルから取られているという実にスノッブな一枚。

 

 

ラ・ジュテ (字幕版)

ラ・ジュテ (字幕版)

  • エレーヌ・シャトラン
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こちらは全編が静止画、つまり写真で構成された異色のフランス映画。テリー・ギリアム12モンキーズ』の原案としても知られるタイムトラベルSF。(さらに押井守紅い眼鏡』の元ネタでもある)

 

 

写真を論じた日本人ということでとても好きなのが多木浩二。これはその写真論を集めた文庫。上記の田中純『過去に触れる』には多木浩二追悼のために書かれた文章も載っている。過去記事も参照。

多木浩二『肖像写真』 ナダール、ザンダー、アヴェドンから読み解く、歴史の無意識 - もう本でも読むしかない

 

 

美術批評家ロザリンド・クラウスによる、主に女性写真家の作品について書いた文章を集めた論集。従来のイメージを覆すシンディ・シャーマン論は圧巻。

 

 

美術やイメージ論の分野で独特の理論を展開するディディ=ユベルマンの、異色の美術史。古代から近世の西洋絵画に登場するニンフたちは、やがてその姿を変え、最後には地面に落ちた布に変化するという。そして、近代のニンフは写真の中に現れる。

 

 

表紙にも使われている、アウグスト・ザンダーによる同名の写真を題材にしたリチャード・パワーズのデビュー作。歴史記述と評論と物語が一体となったような圧倒的な小説。

 

 

代表作に『写真論』もあるスーザン・ソンタグが晩年に書いた、戦争や暴力を写した写真や映像にどう向き合えばいいか考えたエッセイ。過去記事で紹介したのでそちらを参照のこと。

スーザン・ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』 私たちは戦争と暴力の映像をどのように見ているのか - もう本でも読むしかない

 

 

阿部和重の小説には常にレンズ越しのような距離感があるが、この中篇はそのままパパラッチが主人公。ダイアナ妃の事故とJ.G.バラードの『クラッシュ』を下敷きにした傑作ピカレスク

 

 

こちらは最新の写真論のひとつ。スマホで撮られ、アルゴリズムによって整理されるようになった時代の写真について考える。

 

 

ダゲレオタイプの女[Blu-ray]

黒沢清がフランスを舞台にフランス人俳優を使って撮ったこの映画は、写真の原型のひとつであるダゲレオタイプを題材にしたホラー。写真と死者が交錯する物語。

 

 

 

Random Pick Up:ジョアナ・ラス『フィーメール・マン

先鋭的な翻訳SFや、SFの枠を超えた自由なセレクトで知られていたサンリオSF文庫。その伝説の文庫から刊行されていた、これまた伝説のフェミニズムジェンダーSFがこの『フィーメール・マン』(原著1975年・邦訳1981年)だ。友人を訪ねて中野ブロードウェイに遊びに行った時に古書で見つけて購入したのを覚えている。

また、サミュエル・ディレイニーの傑作長編『ダールグレン』の作中で、ある登場人物の部屋にこの本が置いてあるという描写もあった。

舞台となる世界は多元宇宙の多層構造で、Jで始まる名を持つ主人公がいくつもの世界に存在し、重なり合ったり、まるで無関係に振る舞ったりする。ある世界は完全な異世界であり、ある世界は現代の地球だったりする。

物語はそれぞれ独立した無数のエピソードと寓意、ドラマティックな出来事と思弁に溢れ、読み通すのはそう簡単ではない。しかしその力強さ、雄弁さは疑いようがない。そんな小説だった。

世界観を一部共有する同作者の短編「変革のとき」は河出文庫の『20世紀SF〈4〉1970年代―接続された女』に収録。