もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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マポロ3号『PPPPPP』 誰も読んだことがなかった、鮮烈な視覚的ピアノ漫画

『対世界用魔法少女つばめ』連載中のマポロ3号のデビュー作

 

マポロ3号の新連載が、ついにジャンプ+で始まった。タイトルは『対世界用魔法少女つばめ』

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まどマギ」を思わせる終末型の魔法少女もの、という定番モチーフの漫画だが、それゆえ作者の唯一無二の世界が明確に伝わるとも言える。まだ始まって数話なので、ぜひ今から読み始めてほしい。

 

 

そのマポロ3号の衝撃的なデビュー作が、今回紹介する『PPPPPP』だ(読み方は「ピピピピピピ」)。週刊少年ジャンプに2021年から2023年にかけて連載された漫画で、惜しくも物語の途中で終了となったが、ぜひ多くの方に読んでほしい意欲作である。単行本は全8巻。

漫画の中心はピアノ。ピアニストたちの物語だ。主人公・園田ラッキーはごく普通の高校生だが、実は全員が天才ピアニストである音上(おとがみ)家の七つ子のひとりだった。しかし他の兄弟姉妹のような能力を持たなかったラッキーは、やはり天才ピアニストである父・音上楽音に「凡才」として追放され、身分を隠して暮らしていたのだ。
ピアノを離れていたラッキーだったが、自分とともに家を出た母の願い、そして「また7人で一緒にピアノを弾きたい」という自らの望みのため、再びピアニストを目指すことになる。

 

挑戦的で実験的な絵と言葉

 

このようにあらすじを要約すると、ピアノという題材は少年ジャンプには珍しいものの、物語の骨子は王道のジュブナイル/成長物語のように思える。しかしそれを表現する漫画の描かれ方はかなり異色のものだ。

まずは、一目でそれとわかる個性的な絵柄。初期高野文子中野シズカ市川春子あたりのニューウェーブ的な系譜を感じさせる、鋭角的で平面的なキャラクターデザインが目を引く。またそのようなキャラクターを中心とした画面はグラフィック性が強く、時にその絵柄は「物語・状況の伝達」という一般的な漫画の絵の役割をほとんど逸脱する。

特に物語のクライマックスとなるピアノの演奏シーンでは、圧倒的かつ奇想天外なグラフィックが見開きの大ゴマを埋め尽くすことになるだろう。これはほとんどの読者にとって、見たことのないピアノ漫画だと断言できる。

またマポロ3号は、画面やキャラクターの中にデジタル加工された文字やパターンを嵌めこむことを躊躇わない。デジタル化された漫画における、実験的な技法がこれでもかと試行されている。

 

大胆なのは絵柄だけではない。物語が後半に向かうにつれ、そのセリフやモノローグは恐ろしく圧縮されたものとなり、短いシークエンスの中に濃密な情報量が込められる。一回読んだだけでは内容を把握できないこともあるし、正直に言えば私も、今でも何が書いてあったのか理解しきれていない部分もある。

物語そのものは飽くまでも、主人公の成長・周囲の人間との相互理解・家族との葛藤と和解をテーマにした王道の成長物語なのだが、その内容はどんどん複雑なものになり、それを語る手法も先鋭化されていく。

このように、絵の面でも言葉の面でも挑戦的・実験的な手法で描かれた『PPPPPP』は、決して「読みやすい漫画」ではないかもしれない。とはいえ現在世の中に流通しているほとんどの「読みやすい漫画」は、内容はそれぞれ違っていても、それを表現する手法自体は同じようなものが多いと思う。そんな中でマポロ3号の漫画を読むと、普段と違う筋肉を使わされるというか、こちらから努力して内容を読み解く必要が生じる。私はそれを心地よく感じるし、これもまた、漫画を読む大きな楽しみだと思う。

 

「視覚化された音楽」という表現

 

内容についてももう少し触れると、この漫画で最も挑戦的な部分は、やはりそのピアノ演奏に関する描写だろう。

この漫画に登場する「天才」ピアニストたちは特殊な能力を持っており、彼らがピアノを演奏すると、「ファンタジー」と呼ばれる視覚的な現象が聴衆の前に出現するのだ。

つまりこの漫画では、天才的なピアノの演奏とは視覚的なものなのである。これはかなり大胆な設定であり、一般的な音楽漫画のスタイルを大きく逸脱したものだ。この一点において、『PPPPPP』は音楽漫画ではなくファンタジー漫画だと言うことすらできる。

しかし、これはある意味では正攻法だと思う。なぜなら漫画というメディアでは音を描くことはできず、描くことができるのは視覚的な形象だけだからだ。「漫画によって描ける要素だけでどうやって音楽を表現するか」という問題に対し、「音楽が視覚的に表現される」というのは、トリッキーながらストレートな回答ではないだろうか。

 

ひょっとすると、「多くの音楽漫画では実際に音楽の演奏が描かれている」という反論があるかもしれない。確かにその通りで、私たちは多くの「まるで実際に音楽が聞こえるような」音楽漫画を読んだことがある。しかし、あえて厳密に言えば、それは単に「音楽を演奏する様」が描かれているだけであって、それが非常に巧みに描かれているため、読者に音楽が聞こえるような幻想を与えているにすぎない(それはそれでもちろんすごいことなのだが)。

対して『PPPPPP』が描いているのは、「視覚化された音楽そのもの」であり、そこではある意味、「音楽そのもの」が実際に描かれているのだ。そして「音楽が視覚化される」という奇抜なアイディアによって、「キャラクターそれぞれの演奏の違い」を描くこともまた実現される。主人公とライバルの演奏の違いを、私たち読者は実際に体験することができるのだ。なぜなら、それは絵で描かれているのだから!

 

物語が進むほどに、登場人物たちの演奏シーンは迫力とページ数を増し、どんどん前人未到の表現が展開されていく。これはもう体験して欲しいとしか言いようがない。(なお電子版で読む場合は必ず見開き表示にしてほしい)

 

 

中断を余儀なくされた物語の終盤は、「凡才」である主人公ラッキーと、その内に実は潜んでいる「天才」ラッキーとの相克がテーマだった。

ラッキーは七つ子の中で唯一、「良識」「善」のようなものを身につけたために「天才」としての能力は失われ、その部分は別の人格のようにして心の内に閉じ込められたのだった。

天才性と良識、芸術性と善との相克というテーマは、ありふれているとも言えるが、繰り返し問われてきた普遍的なテーマでもあると思う。『PPPPPP』におけるその問いかけは途上で終わってしまったが、それはとても魅力的に描かれた問いとして私たちに残されている。

 

 

 

ちなみに全8巻となった『PPPPPP』の中ではいくつかのまとまったエピソードが描かれたが、私が特に好きなのはラッキーの姉である音上ミーミン(上記第3巻表紙のキャラ)と、そのライバルである山中メロリ(上記第4巻表紙のキャラ)の物語だ。

自由と楽しさを愛し、葛藤しつつも父親が支配する音楽界からの離脱を決意するミーミン。そのミーミンが大きな愛情を寄せる相手がメロリだが、メロリはミーミンのピアノに勝ちたいと切望する。

何度かの対決を経て二人がたどり着く愛と信頼の関係は、近年漫画で読んだ中でも特に印象に残るものだったと、これは主に既読の方に向けて強く伝えておきたい。