もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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ネトフリドラマ化原作、ニール・ゲイマン『サンドマン』を読んでみたら最高の現代ファンタジーだった

ニール・ゲイマンとは?

ニール・ゲイマンという作家は英米と日本で知名度にかなり差のある作家だと思う。日本ではまだそんなに知られていない気がするが、英米では絶大な評価と人気を持っている作家という感じだ。SF・ファンタジーの分野から出発しつつ、現在は児童向けも含む広い分野の作品を発表している。日本では、2019年のドラマグッド・オーメンズや2009年のストップモーションアニメコララインとボタンの魔女の原作者として知られているかもしれない。

ニール・ゲイマンはもともとコミック/グラフィック・ノベルの原作者としてキャリアをスタートさせたのだが、その初期の代表作サンドマンNetflixでドラマ化されるということになり、前々から興味があったので原書の第1巻を読んでみたところ、辞書を引きながら読んでいるにも関わらずあまりの面白さにページをめくる手が止まらず、(英語で読んでいるにしては)あっという間に読み終わってしまった。すぐにでも第2巻を買いに行きたいのだが、まずはとりあえずこの第1巻をブログで紹介しておこうと思った次第である。

なお日本語版も90年代に刊行されているが、現在は古本でしか手に入らない模様。ドラマが人気出たら復刊されてほしい。

(2023年8月追記:第1巻の日本語版が再刊されました!上記にリンクを追加。ドラマ版シーズン1の前半にあたります)

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傑作現代ダーク・ファンタジーサンドマン

 

ジャンル的に言うなら、『サンドマン』は現代を舞台にしたダーク・ファンタジーだ。主人公は不死の超越的存在で、夢の世界を統べる王である。彼は単に「ドリーム」と呼ばれたり、ギリシア神話の眠りの神モルフェウスの名で呼ばれたりする。

ドリームは1916年にあるイギリスの魔術師によって現世に召喚され、その後70年間にわたって幽閉される。居眠りした見張り番の夢に侵入してようやく脱出に成功したドリームは、自分を閉じ込めたものたちに復讐した後、奪われて散逸した3つの道具をひとつずつ捜索して取り戻していく、というのが第1巻の内容だ。3つの道具とは、砂袋、ヘルメット、そしてルビー。これらはドリームがその力を封じ込めたアイテムで、それらを取り戻すことによって彼は本来の力をも取り戻すのである。

第1巻に収録されたドリームの遍歴は、それぞれ登場人物も舞台も違う、独立した短編のようになっている。その多くには怪奇的なムードがあり、ホラー短編の趣がある(もともとは月刊で1話ずつ刊行されたそうだ)。ドリームは現実世界で、あるいは地獄で、あるいは彼が統べる夢の王国で、様々な人物や存在と出会う。ドリームを召喚した魔術師。夢の王国のしもべたちと、道具の所在を教える3人の魔女。ルシファーを始めとした地獄の公子たち。たまたま道具を手に入れ、そして運命を狂わされたごく一般の人々。

ドリームが出会うものたちはそれぞれの形でそれぞれの存在を生き、ドリームは己の道具を取り戻す過程で、彼らの突端の部分と触れ合い、争い、影響し合う。『サンドマン』が描くのは、現実と幻想の双方にまたがった、様々なものたちの存在のしかただ。そこでは現実と幻想がいずれも劣らぬ価値と重みを持っている。我々は現実世界で、現実とは言い切れない様々な観念や存在、何の意味も付与できない不可解な事象や出来事に取り囲まれて生きている。そのような我々の存在の諸相、現実的な物語だけでは描くことのできない人間の多面的な成り立ちを、『サンドマン』は奇想天外なストーリーと高密度に詰め込まれた言葉そして現実と幻想を自在に行き来する美しいグラフィックによって描き出す。それは最良のファンタジーの手応えだ。

第1巻の結末において、ついに3つの道具を奪還したドリームはその無尽蔵の力を取り戻すが、しかし彼はかつてのような全能感をもはや感じることができない。幽閉と喪失の期間を経て、何かがこの不死の存在に変化をもたらしたようだ。物語はこの後、彼のこの変化を追っていくことになるのだろうと思う。

サンドマン』は1991年に、コミックとしては初めて世界幻想文学大賞の短編賞を受賞したという。その短編は第3巻に収められているらしいが、この第1巻に収められた8篇も深い余韻を残す傑作だと思う。とりあえず第2巻買ってきます。

 

次の一冊

 

ニール・ゲイマンヤングアダルト(若者向け文学)の分野でも高い評価を得ている。このコララインとボタンの魔女ストップモーションアニメ映画化もされている傑作だ。

両親とともに古い屋敷に住む少女コララインだったが、ある時両親が消えてしまう。コララインは屋敷の中で秘密の通路を発見し、そこからもうひとつの世界に入り込む。そこは目玉がボタンになった魔女の支配する世界だった。古い屋敷の存在感が際立つ古典的なホラー・ファンタジーの形式と、物語の視点となる主人公の強く柔軟な感覚がぐっとくる。(書籍は高騰しているようですが……)

 

 

ニール・ゲイマンがコミック原作者となる上で大きな影響を受け、のちに親交も結んだのが同じくイギリス出身の、ウォッチメンで知られるアラン・ムーアだという。またゲイマンに『サンドマン』の執筆を依頼し、アラン・ムーアとも仕事をしていた米国DCコミックの編集者カレン・バーガーは、英語圏のコミックにおいて大人向けの文学的・芸術的な分野を開拓した人物として知られる。

ゲイマンやムーア、『サンドマン』や『ウォッチメン』は、従来の「コミックブック」とは一線を画した、より大人向けでアーティスティックな「グラフィック・ノベル」と呼ばれる分野の定着に貢献したとのこと(もちろんその両者はそれぞれに影響を与え合っており、はっきり分類できるものではないだろうが)。

ここに挙げたウォッチメンは冷戦下を舞台にした、黙示録的で批評的で恐ろしいヒーロー・コミック。そしてフロム・ヘル切り裂きジャックの謎をめぐる、これも非常に恐ろしいオカルティック・ダーク・ファンタジーである。どちらもあまりに重厚な手応え。

ウォッチメン (字幕版)

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ザック・スナイダー監督による映画もあります。

 

 

ニール・ゲイマンは同じくイギリスの先達としてマイケル・ムアコックにも影響を受けているそうです。ムアコックの代表作エルリック・サーガについては下記ブログをどうぞ。

pikabia.hatenablog.com

 

 

 

 

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2023年9月に開催された「第三回かぐやSFコンテスト」に投稿した短編SF小説が、選外佳作に選ばれました。近未来のパリを舞台としたクィア・スポーツSFです。

pikabia.hatenablog.com

こちらはカクヨム公式企画「百合小説」に投稿した、ポストコロニアル/熱帯クィアSF。

kakuyomu.jp

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