もう本でも読むしかない

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岩﨑周一『ハプスブルク帝国』 とらえどころのない、1000年の大帝国

「名前の無い国」、ハプスブルク君主国

 

ご存じ、ドイツとオーストリアを中心に1000年続いたハプスブルク帝国についての新書が岩﨑周一『ハプスブルク帝国である。なにせ1000年の歴史があるので448ページとかなり分厚く、大変読みごたえがある。私もかなりゆっくり読んだ。

さて、「ご存じハプスブルク帝国」といっても、その実態はなかなか複雑である。ある意味、ハプスブルク帝国って結局どういう国なの?」というのが本書の眼目と言ってもいい。この本はハプスブルク家華麗なる一族とその偉大な歴史を書いた本というよりも、「ハプスブルク帝国」というものの非常にユニークなあり方を教えてくれるものだ。(そして後述するが、それは実をいうとそんなにユニークなものではないらしい。近年の歴史研究によれば、ハプスブルク帝国は、実際にはわりと「ふつうの国」なのだそうだ)

 

さて、この本のタイトルは「ハプスブルク帝国」だが、この国はどちらかというとハプスブルク君主国」と呼んだ方が正確らしい。それは神聖ローマ帝国オーストリア帝国との混同を避けるためだという。

私のような素人はここですでに混乱させられる。「ハプスブルク君主国」と「神聖ローマ帝国」と「オーストリア帝国」って別のものなの?

この辺が面白いところなので、ひとつずつ説明しよう。


ここまでの説明だけでもかなりややこしく、厳密に言うと間違っている部分もあると思うのでその辺はご容赦いただきたい。

ここで言いたいのは、ハプスブルク君主国は「国」と言っても現在の我々がイメージする「国」とはだいぶ違うということだ。領土も国民も政体も流動的で、貴族や聖職者、有力都市といった諸身分が大きな権限を持っており、王や皇帝と言えども好き勝手には統治できない。そして繰り返すが「ハプスブルク」というのは地域でも民族でもなく、王家の名前なのだ。この国は時に「名前のない国」とまで呼ばれるという。しかし近年の研究では、むしろそれが「ふつう」だったということが明らかになりつつあるらしい。

 

しかし近年の研究は、ハプスブルク君主国が思われているほど特殊な国家ではなかったことを強調する傾向にある。あえて言うなら、この国は性質や程度こそ異なれ、ヨーロッパ諸国と多くの特徴を共有する、「ふつう」の国だった。主権・領域・国民を具備した均質的・単一的な近代国民国家を理想とし、それに到達する進歩のプロセスとして歴史を描くスタンス(「近代史学」)が衰えた今日、ヨーロッパ史研究においては、多様性・複合性・流動性を前提として、他との比較や関係づけを通して諸国家のありようを考えるスタンスがスタンダードとなっている。(「はじめに」より)

 

してみれば、むしろハプスブルク君主国について知ることは、ヨーロッパ史の新しい考え方を知る近道かもしれない。

 

ハプスブルクを通して読むヨーロッパ史

 

実際、この本を読むと、ひとつの国の歴史としてここまでいろんなことが起こるのかと驚かされる。

ハプスブルク君主国の勢力範囲はヨーロッパのほとんど中部全域にあるので、ヨーロッパ史のあらゆる局面に深く関与している。中世都市の成立、大航海時代の始まり、スペインによる中南米の征服、東からのオスマン帝国の脅威、ルネサンスの勃興、宗教改革とそれに続く三十年戦争、そして近代主権国家の成立、などなど。

もちろんその中で、例えばアルチンボルド肖像画で有名なルドルフ2世、スペイン皇帝を兼ねたカール5世フェリペ2世「女帝」ことマリア・テレジア、そして悲劇の皇妃エリーザベトといったハプスブルク家の数々のビッグネームが登場する。

とにかく膨大な事項が書いてある本なので要約するのも無理なのだが、個人的に印象に残った点をいくつか挙げておこう。

 

まずはこのハプスブルク君主国が、その範囲内に膨大な民族と言語を抱えた国だということだ。ナショナリズムという概念が現れるはるか以前から広大な領域にわたって存在し、複雑な王位の継承と領地の授受を継続したことにより、現在でいうオランダやベルギー、スペイン、チェコハンガリー、そしてバルカン諸国の多くがハプスブルク君主国に含まれていた。ひとつの君主のもとに、現在からすれば考えられないほどの多様さがあったということであるし、それゆえ20世紀には特にバルカン半島で深刻な民族紛争が起こることにもなった。

また近世から近代にかけての市民革命、そして啓蒙主義の時代に、イギリスやフランス、またアメリカと比べても非常に複雑な経緯で社会の変化が起こっていたという点。もちろん上記の国々の事情も全く単純ではないのだが、民主主義と自由主義という近代の支配的な社会制度が、ハプスブルク君主国では君主制の中で行きつ戻りつしながら徐々に現れてきた様がこの本から窺える。近代の起源となった啓蒙主義というものの現れ方としてとても興味深かった。

そしてこの本の最終章はハプスブルク神話」と題されている。皇位継承者の暗殺で幕を開けた第一次世界大戦での敗北によってハプスブルク君主国が消滅した後、ハプスブルク家の統治に対する評価は変転していく。第二次大戦後にはハプスブルク文化の「復権」が起こり、ここでようやく、我々にとってのハプスブルク家のイメージが形成されてくるのだ。もちろんハプスブルク君主国に対する評価、各国の態度は一様ではなく、それを詳述することでこの本は終わる。

新書とはいえ、実に長大な印象の残る一冊である。

 

次の一冊

 

フランツ・カフカが生まれたのは現チェコプラハだが、当時のプラハオーストリア=ハンガリー帝国領であった。カフカハプスブルク君主国生まれのユダヤ人で、チェコ語母語とし、小説はドイツ語で書いた作家ということになる。ハプスブルク君主国の複雑さと多様さの一端がこのプロフィールからだけでも窺える。

 

ハプスブルク家についての神話を最も強烈に伝えるものの一つが、このミュージカルエリザベートだろう。1992年にウィーンで初演され大ヒットし、日本では1996年に宝塚歌劇団雪組によって小池修一郎の演出で上演され、その後宝塚と東宝ミュージカルで何度も再演されている。恋愛劇と歴史劇、史実と幻想の交錯し合ったパフォーマンスが圧倒的な迫力で繰り出される傑作ミュージカルだ。

リンクはトップ娘役、愛希れいかの引退公演となった2018年の月組版。

 

 

中世ヨーロッパの社会と近代国家形成の過程については下記記事もご覧ください。

pikabia.hatenablog.com