もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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YOMUSHIKA MAGAZINE vol.5 MARCH 2023 特集:怪物

きっかけはフライザだった。
"フライザ"なのか"ラ・フライザ"なのかはいつも論議を呼ぶところで、年配の村医者たちや、称号付けをうけもつ長老たちを悩ませてきた。彼女は正常に見えた。──ほっそりした褐色の体、きれいな歯並み、広い鼻、真鍮色の目。生まれたとき片方の手の指が六本あったらしいが、そのはみだしものは無機能だったので、巡回医師が切断した。髪はピンとして弾みがあり、黒かった。いつも短く切っていたが、あるとき赤い紐を見つけ、髪に編みこんでしまったことがある。その日は腕輪をつけ、銅のビーズを幾重にも巻いて飾っていた。きれいだった。
それに、静かなことったら。赤んぼうのときフライザは、身じろぎもしなかったため、無機能者の終容所に入れられた。ラは無し。そのうち終容所の番人が、フライザが動かないのは、動き方をとっくに知っているせいだと気づいた。すばしこいところは、まるでリスの影のよう。彼女は終容所から出され、ラはもどった。だが、ことばはしゃべらなかった。八つになって、この美しいみなしごが唖子だとわかると、ラは外された。だが終容所にもどすことはできなかった。かごは編む、土は耕す、ボーラを持たせれば腕のいい女狩人で、たしかに機能者なのだ。論議が沸いたのはそのころだった。
(サミュエル・R・ディレイニーアインシュタイン交点』ハヤカワ文庫SF)

 

 

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気晴らし的にときどき投稿される雑誌風ブログ。今のところ隔月刊ペースだが、ブログ本体の更新頻度をスローダウンしているのでこちらもスローダウンするかも。

 


もくじ

 


What's New

 

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まもなくファーストアルバムが発表される、UKはウェールズのゴスバンドThe Nightmaresの先行配信曲(ついシングル曲と言いたくなってしまうが……)。派手さのないザ・キュアーみたいなストイックな佇まいが良いです。早くアルバム聴きたい。

 

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これはちょっとパンクすぎるロンドンのバンド、EsのMV。2016年にデビューしたバンドらしい。何もかも攻めている。

 

 

先日映画化が発表されたDCコミック「The Authority」、勧められて読んだら大変面白くてハマりました。異常な能力を備えた異常なスーパーヒーローチームの身も蓋もない活躍ぶりを描くシリーズで、王道アメコミのパロディ的な要素も。またバットマンとスーパーマンの別バージョンという感じのミッドナイターとアポロは、アメコミ史上かなり早い時期に登場した同性愛カップルとのこと。

 

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毎年気になるのがじんぶん大賞。今年のランキングはなかなか盛り上がります。

 

 

特集:怪物

 

さまざまなフィクションを摂取しているが、やっぱり怪物とか怪獣が出てくると嬉しい。面白い・楽しいだけでなく、おそらく安心感を感じている。この特集のコメントを書いていても、はっきり言って退行的な喜びがあり、まあやっぱり怪物というテーマはどこかで無意識のまどろみと繋がっているんだろうなと思う。みなさんも疲れた心を癒しに怪物の腕の中へ飛び込みましょう。

 

 

日本人であっても、「怪物」というもののイデアはやっぱりギリシア神話かなと思ってしまうのは、日本の妖怪などはどこか人間ぽいと思っているからなのだろうか。水木しげるも大好きだが、なんとなく「怪物」というテーマではない気がしてしまう。怪物というのはやはり、西欧的な理性と関わりのあるテーマなのか?

 

一番好きな怪物はミノタウロスかもしれない。神の牛から生まれた聖なる存在であると同時に呪われた存在でもあり、また迷宮の秘められた中心というイメージも圧倒的。ミノタウロスについての小説では、ミノタウロス視点で書かれたボルヘスの「アステリオーンの家」がある。

 

謎かけの怪物スフィンクスオイディプス王の物語にも出てくるわけだが、オイディプス王を題材としたパゾリーニの映画『アポロンの地獄』に登場したスフィンクスは強烈だった。別に特撮映画ではないので普通に人間が演じているのだが、髪がものすごく長い仮面の人間が山の上に登場し、映像の迫力もあいまってまさに怪物感があった。

 

フランケンシュタインの怪物も、怪物というにはとても人間くさい存在だが、その、人間に対する近くて遠い距離感や絶望感などが怪物の原型たるゆえんなのだろうか。水木しげるの妖怪にはもちろんそのような絶望はない。(というかこの特集の裏テーマは水木しげるなのか?)

 

いまだあらゆる怪獣ものの源流としての迫力を失っていない初代キングコング。この映画の中には本当に(良くも悪くも)あらゆるものがあるので未見の方はぜひ。

 

シュルレアリストの中ではエルンストが好きなのだが、特に笑顔で飛び跳ねているようなあの怪物のシリーズが好きだ。

 

シュルレアリスム繋がりで、メキシコで活躍したレオノーラ・キャリントンも。キャリントンの描く絵に登場する怪物たちは、我々とは全く関係ない世界を飄々と生きているようで、それでも何か切実に身近な感じもします。レメディオス・バロも好きです。

 

初めてラヴクラフトを読んだのは確か「インスマスの影」で、なんだか重厚で不思議なホラー小説だなと思ったのだが、だいぶ後に「クトゥルフの呼び声」を読んだら「これ怪獣じゃん!」と思って一気に好きになってしまった。田辺剛による超絶クォリティのコミック版をどうぞ。(その後渋めの作品も好きになりました)

 

ドラクエやFF、遡っては指輪物語に至る西洋ファンタジーにはいろいろモンスターが出てくるが、英雄コナンシリーズに出てくるモンスターは、もともと怪奇小説の雰囲気が濃いこともあって実に不気味で怖い。本当に出会いたくない感じがする。

 

馴染みがないゆえか、あるいは他の理由か、とにかく突拍子がなく大胆な形をしているように感じるのが古代中国の怪物。神なのか獣なのか、あるいはそんな区別は存在しないのか。最近だとマーベル映画の「シャン・チー」にいろいろ出てきました。

 

思い返してみても、怪獣というものの原体験はやはりゴジラよりウルトラマンだった気がする。ゴジラなどは設定や物語がわりとしっかりしているのだが、ウルトラマンはなにせ30分しかないのでだいたい唐突に出てくるし、だいたい意味不明で、その異物感にとても影響を受けたように思う。詳しくはこちらの記事をどうぞ。

『シン・ウルトラマン』を見て振り返る、「特撮」のイメージの秘密 - もう本でも読むしかない

 

人造人間・ロボットものも怪物の系譜に入れていいだろう。最初はブレードランナーを挙げようと思ったのだが、この映画のことを思い出したのでこちらにした。怪物しか出てこない、怪物の怪物による怪物のための映画。これぞスピルバーグの真骨頂という感じがする。

 

ブレードランナーのかわりに同監督のこちらを。黒沢清によれば、映画の途中でエイリアンを倒せないということが判明してから映画のジャンルがホラー映画に変わる。ギーガーのデザインとともに生み出されたこのエイリアンは、たぶん何か新しい怪物のスタイルを発明したんだろうなと思う。

 

日本の漫画も無数の怪物を生み出して来たが、中でも手塚〜デビルマン寄生獣と続く人間と怪物の融合というテーマはとても根強い。ここではその最新型にして圧倒的な存在感を示す石田スイを並べておきたい。(リンクが14巻なのは単に表紙の好み) 詳しくはこちらの記事をどうぞ。

『超人X』『東京喰種』 石田スイが描く生命の不可逆的な変化 - もう本でも読むしかない

 

こうやって並べてくると、最後にはやっぱり「最も恐ろしい怪物は、我々人間自身なのです..….」などと言ってベタに終わらせたくなってくるわけだが、そういう感じのやつで好きなのはやっぱり黒沢清の映画です。絶対にわかり合ったりできない怪物が見られます。

 

 

最後に怪物についての本も。

 

 

Random Pick Up:サミュエル・R・ディレイニーアインシュタイン交点』

 

何が書いてあるのかよくわからないのに、つい気になって何度も読んでしまう本というものがあるが、サミュエル・ディレイニーの小説もそういう感じだ。(この本はもう新品では手に入らないので、ブログ記事ではなくこのコーナーで取り上げることにした)
わかっている範囲のことを書くと、1967年に発表されたこのアインシュタイン交点』の舞台は遠い未来の地球で、人類は半ばミュータント化している。主人公ロ・ロービーが住む村では、「正常」に生まれたものだけが「ロ」「ラ」の称号を得る。「ロ」は男、「ラ」は女に付けられる称号で、そのどちらでもない「レ」という称号もある。
ロ・ロービーは足の指が手の指と同じくらい長い。二十の穴が開いた、笛として演奏もできる山刀を持っている。時にはその山刀を吹き鳴らし、手足で地面を叩いて激しいダンスを踊る。彼は村を離れて旅に出、様々な者たちと出会い、竜に乗り、死を賭した冒険をする……
このように書くと王道SFファンタジーという感じで、それは実際そうなのだが、読後感はもっとずっと奇妙なものだ。そこで読者は物語というより、ファンタジックで神話的な世界そのものを体験させられる。それは物語として整理される前の、剥き出しの世界なのかもしれない。人々の間に伝わる神話というのは、もともとこういう形のものなのだろうか。今度また読み返したら、以前はわからなかったことが何かわかるのかもしれない……

 

 

あとがき

 

YOMUSHIKA MAGAZINEも早いものでもう5号目。今回は今までで一番ラクに書けました。なるべくそういうテーマで今後もやりたいと思います。

ちなみに最近は趣味でSF小説を書いたりしているのですが、これが大変楽しく、充実した自給自足ができています。友達にしか見せていないのですが、そのうちどこかで公開したらお知らせします。

 

(2023.3.10)