もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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ウィリアム・ギブスン原作のSFドラマ『ペリフェラル ~接続された未来~』が面白い!

シーズン2がキャンセルされたけど見てほしい!

 

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ペリフェラル ~接続された未来~』は、2014年に発表されたウィリアム・ギブスンの小説『The Peripheral』を原作とする、Amazon Prime Videoによる2022年のドラマシリーズだ。

シーズン1の全8話が配信されており、2023年2月にはシーズン2の製作が発表されていたものの、なんと同年8月に始まった全米脚本家組合および俳優組合のストライキの影響を理由にそれがキャンセルされてしまった。製作の遅れやそれにともなう費用の増大などが理由に挙げられているようだ。いつかどこかで製作が再開されることを願う。

それはそれとして、このドラマはシーズン1だけでも非常に楽しめるものとなっている。提示された壮大な世界観に対して語り残されたことは多くあるものの、かなり切りの良い地点まで物語が進むので、見終えた時には十分な満足感を得られるのではないかと思う。

続編がキャンセルされていたとしても、ぜひ見てもらいたいシリーズだ。

 

サイバーパンク」の始祖ギブスン

 

このドラマの原作者であるウィリアム・ギブスンは、そのデビュー長編ニューロマンサーによってサイバーパンクというジャンルの創始者の一人とされるSF作家だ。1980年代にインターネットを予言した作家とも言われる。

当初は近未来SFを書いていたギブスンは徐々にその小説の舞台を現在に近づけ、2000年代にはほとんど現代を舞台にしたものを書いていたのだが、このドラマの原作は久しぶりに未来を舞台にしたSFへ回帰している(未邦訳なので読んでませんが……)。

独創的かつリアルなSF的アイディアを核にしたスリリングな犯罪小説がギブスンの得意分野だが、このドラマ版『ペリフェラル』でもその魅力は存分に発揮されている。

(ギブスンの『ニューロマンサー』については下記で紹介しております)

pikabia.hatenablog.com

 

 

(このあと第一話のネタバレがあります。びっくりしたい人はこの先を読まずにドラマを見よう!)

舞台は2032年アメリカのとある田舎町。クロエ・グレース・モレッツ演じる主人公のフリンは、元軍人の兄バートンと病気の母親との三人で暮らしている。フリンはゲームの達人で、高度に発達したVRゲームを兄の代わりにプレイし、収入の足しにしていた。
ある時、兄妹のゲームスコアに注目した何者かから、新しいゲームのテストプレイの依頼とともに新型のVRバイスが送られてくる。デバイスを装着したフリンは驚くほどリアルな未来のロンドンの中に送り込まれ、そこで奇妙かつ恐ろしい任務を遂行する。

やがて、VRゲームと思われたものは実際の2100年のロンドンであり、フリンは時を超えて人間そっくりの義体ペリフェラルを操作していることが判明する。ジャックポットと呼ばれる災害で人口が激減した未来世界では、様々な勢力が過去に干渉しながら争っており、フリンら兄妹はそれに巻き込まれていくのだった。

 

大筋はこのような話である。時間を越えた壮大な陰謀の謎(シーズン1だけでわりと内容が判明するのでご安心ください)を縦糸に、主人公フリンと様々な人々とのドラマが横糸になって、サスペンスフルかつ芳醇な物語が展開する。

登場人物は誰もが魅力的だ。まずはフリンの地元の人々──なんとなく頼りないけど家族思いの兄バートン。バートンと共に戦った戦争で手足を失い、失意のうちに新たな生き方を模索するコナー。真面目ゆえに田舎町の腐敗に苦悩する、幼馴染の保安官。

そして一見きらびやかだが、その裏側では荒廃の進む未来世界。そこで出会う人々は全員が曲者だ。怪しく高貴なマフィアのボス、怪しく恐ろしい研究所の所長、そして怪しい警察署長などが入り乱れてフリンたちを翻弄する。彼らは全員が強烈かつエレガントなキャラクターで、とても贅沢なピカレスクSFが味わえる。その中で唯一まともそうに見えるマフィアの部下ウィルフと主人公フリンは徐々に心を通わせていくが……?

 

スタイリストとしてのギブスン

 

さて、原作者であるウィリアム・ギブスンの小説は、作中において提示される印象的なビジョンに大きな魅力がある。

デビュー作『ニューロマンサー』とそれに連なる「スプロール」シリーズでは、多国籍企業に支配されたアジアの都市、カジュアルに肉体を改造する人々、汚れた街並みと古いガジェットで表現された未来世界など、後にサイバーパンクというジャンルの定型となったイメージが多く生み出されたのは周知のところだ。

ギブスンSFの特徴のひとつは、私たちのよく見知ったものや、過去の古いものを用いて未来世界を描写すること。ギブスンにとって未来はすでに現在の中にあり、現在はすでに未来ということだ。

他にも90年代に書かれた『ヴァーチャル・ライト』ではガラクタによって占拠されたサンフランシスコのベイ・ブリッジ、『あいどる』では電脳空間に再現される九龍城、また2000年代の『パターン・レコグニション』ではネットにばらまかれた謎の映像断片「フッテージ」など、ギブスンは常に「未来としての現在」「現在としての未来」を表現する鮮烈なイメージを提示し続けてきた。

このような、ある種のスタイリスト、あるいはキュレーターとしての才覚が、ギブスンの最大の強みのひとつだと思う。

 

ではこの『ペリフェラル』にはどのようなイメージが出てくるのか?

最も強力なイメージは、主人公たちが送り込まれる2100年のロンドンの風景だと思う。ロンドンの街には、高層ビルの何倍もの高さをもつ、古代ギリシア彫刻型のビルが林立しているのだ。

ペリフェラル ~接続された未来~』より

大災害によって大幅に人口が減少した世界、非人道的な諸勢力が残酷に争い合うロンドンに、異常な大きさで造られたミロのヴィーナスやミュロンの円盤投げ像が聳え立っている。巨像はビルと一体化しており、衰え行く世界を支配せんとする権力者たちはその窓から都市を見下ろし語り合う。

古代ギリシアという古典的かつ保守的な美への傾倒と、そしてそのグロテスクな巨大さ。そこでは美と暴力、高度なテクノロジーと頽廃が溶け合っている。

古いものと新しいものをコラージュして批評的なイメージを生み出す、とてもギブスンらしいディストピアのイメージだと思う。

※原作を読んでいないのでこれがどの程度原作の描写に拠っているのかわからないのですが、下記記事によれば少なくとも原作にも巨大な彫像は登場する模様。「In Gibson’s fictional universe, those statues are part of an air-scrubbing system. 」とのこと。

Amazon's 'Peripheral' brings William Gibson's sci-fi tale up to date


 

 

そのうち読みたい

 

というわけで、邦訳される気配のない原作を頑張って読んでみるべきか……


 
 

※宣伝

2023年9月に開催された「第三回かぐやSFコンテスト」に投稿した短編SF小説が、選外佳作に選ばれました。近未来のパリを舞台としたクィア・スポーツSFです。

pikabia.hatenablog.com

 

またこちらは2024年1月に行われた、Kaguya Planet「気候危機」特集の公募に応募した短編。こちらも佳作として選評で取り上げていただきました。

pikabia.hatenablog.com

 

こちらはカクヨム公式企画「百合小説」に投稿した、ポストコロニアル/熱帯クィアSFです。

kakuyomu.jp

pikabia.hatenablog.com