この本がベンヤミン入門に最適だと思う理由
私はヴァルター・ベンヤミンがとても好きなのだが、何せ読みづらい文章を書く人なので、なかなか人に勧めづらい。
入門書もあまり出ていない。
そんな中で数少ない、「これを最初に読めばいいんじゃないかな……」と思える本が、多木浩二による『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』である。
岩波現代文庫なので、紙と製本も最高だ。撫でるだけで半分くらい元が取れる。
この本は何が素晴らしいかというと、ベンヤミンが書いた「複製技術時代の芸術作品」本文と、それに関する多木浩二の詳細な解説が一冊に収まっているところだ。
ベンヤミンのかっこいいけどややこしい文章を、丁寧な読解付きで読むことができる。
ちなみに2000年発行だ。いつまで生き残っているかわからないので、新刊で手に入るうちに買ってほしい。
ベンヤミンの代表作「複製技術時代の芸術作品」
さて、「複製技術時代の芸術作品」というのは、おそらくベンヤミンが書いたものの中で一番有名なもののひとつだと思う。
そう、あの「アウラ」が出てくる文章だ。生の芸術作品が持っている「アウラ」というものを、複製芸術は持っていないというあれである。
ところが、これはしばしば勘違いされがちな部分なのだが、ベンヤミンは「複製芸術はアウラが無いからダメ」と言っているわけではないのである。
かと言って、「やっぱりもう複製芸術の時代なんで、アウラとか古いですよ」と言っているわけでもない。ベンヤミンはどちらかというと引いた目線で、これから複製技術などなどによって世の中が変わって行きそうですよ、ということを淡々と分析しているのだ。
ベンヤミン本人はおそらく、古い時代に愛着を持っている人だと思う。しかし批評家としての彼は、二十世紀初頭の世界を見て、時代が不可逆的に変わって行くことを冷静に見ていたんだと思う。
そして大事なことは、ベンヤミンは時代が変わると人間自身が変わると言っていることだ。
人間は不変ではなく、技術や社会が変化すると、人間の知覚そのものが変化していく。人間の、「本来のあり方」のようなものはなく、人間は外界の影響でどんどん変わって行くのだと言っているところが、「複製技術時代の芸術作品」の特に好きな部分だ。
さらに、ベンヤミンは何について話していても、だいたい常に政治の話をしている。
複製技術と芸術の話も、行きつくところはファシズムとそれの関係だ。ファシズムは大衆を動員するために、芸術的な価値を「政治の美化」に利用するとベンヤミンはいう。
その政治の思惑を把握し、ファシズムに対抗するために、ベンヤミンは芸術に関する知覚の変化を分析しているのだ。(複製技術による知覚の変化とファシズムによるその利用の関係はわりと複雑な話なので今後の課題とします)
ベンヤミンの文章ははっきり言って難しいが、この本であれば多木浩二が詳細に解説してくれる。多木浩二は美術や写真や建築についてたくさんの本を残した人で、ユルさの無い、なんというかりりしい文章が魅力だ。
彼(ベンヤミン)の関心は、当時の社会的諸条件のもとで「芸術」と、それを受け取る人間の関係がどんなに変わったか、その傾向を捉える諸概念を探求することであった。この変化はたんなる趣味の変化とか流行の問題ではなかった。もっと根本的な歴史の変動であった。この歴史的変動を無視し、すでに効果を失っている「芸術」に関する伝統的な諸概念(「創造性や天才性、永遠の価値や神秘の概念」)を温存するなら、「芸術」はファシズムによって巧みに利用されてしまうと彼は考えたのである。(多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』「2 芸術の凋落」)
次の一冊
実は同じシリーズで今村仁司による『ベンヤミン「歴史哲学テ-ゼ」精読』というものが出ており、こちらもすごくお勧めなのだが、どうやら入手困難のようだ。古本で探してください。
ベンヤミンは短い文章ばかり残していて、生前に本にまとまったものがあまりない。
ちくま学芸文庫の『ベンヤミン・コレクション』シリーズが網羅的だが、分厚い上にたくさん出ていて敷居が高いので、最初に買うなら一冊で有名な文章がまとまった河出文庫の『ベンヤミン・アンソロジー』(山口裕之編訳)が便利。
ベンヤミンの入門書としては、2019年にようやく新書で出た柿木伸之『ヴァルタ-・ベンヤミン 闇を歩く批評』が読みやすいと思う。これはベンヤミンの人生を辿りながら主要な仕事を紹介してくれる。
追記:多木浩二の他の著書についてもブログで紹介しました。ぜひこちらもご覧ください。
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2023年9月に開催された「第三回かぐやSFコンテスト」に投稿した短編SF小説が、選外佳作に選ばれました。近未来のパリを舞台としたクィア・スポーツSFです。
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こちらはカクヨム公式企画「百合小説」に投稿した、ポストコロニアル/熱帯クィアSF。
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