もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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2023-01-01から1年間の記事一覧

芸術、イメージ、文化批評から哲学まで 「表象文化論学会賞」受賞書籍リスト

表象(representation)の学問 「表象文化論」という学問のジャンルを聞いたことがあるでしょうか。まだあまり世間的に定着している言葉ではないのですが、文学や芸術、イメージについての研究を始めとして、それに関わるものとしての歴史、社会、そして哲学…

小川洋子『寡黙な死骸 みだらな弔い』 静かな死の気配と、冷たく湿った情緒

初期に発表された連作短編集 寡黙な死骸 みだらな弔い (中公文庫) 作者:小川 洋子 中央公論新社 Amazon ずっと気になってはいるものの読んだことのない作家、というのは無数にいるわけで、私にとってそのような作家のひとりが小川洋子であったのだが、このた…

アニメ『デビルマン クライベイビー』 静かに研ぎ澄まされた激しさの表現

『デビルマン』原作への忠実さと現代的アレンジを両立したNETFLIXアニメ (中盤くらいまでのネタバレがあります) 湯浅政明監督・サイエンスSARU制作によるアニメ『デビルマン クライベイビー』は、2018年に配信されたネットフリックスオリジナル作品だ。 de…

奈落の新刊チェック2023年5月 海外文学・SF・現代思想・歴史・エレクトリック・ニジンスキー・構造人類学・州浜論・日台万華鏡・プルードンほか

暦変わって6月。最近は紙の値段が上がって書籍の価格も値上がりしてると聞きますし、ちょっと売れてもなかなか重版できないとかいう噂もちらほら。本は在庫があるうちに早めに買っておけということですね。 いつまでも あると思うな 出版社在庫 というわけで…

九井諒子『ダンジョン飯』 「肉」として喰らい喰らわれる、剥き出しの世界

モンスターを喰らうことによる、肉体の存在感 ※ネタバレあります 今でも残念に思っているのだが、九井諒子『ダンジョン飯』の第一話を読んだ時、私はその魅力、あるいは恐ろしさに気が付かなかった。「ああ、なんかファンタジーあるあるコメディね」というだ…

高原英理『ゴシックハート』 抑えた筆致で語る、反逆の美意識

ゴシック/ゴス・カルチャーの基本図書が文庫化 高原英理による『ゴシックハート』は2004年に講談社より単行本として刊行され、2017年に立冬舎文庫として文庫化、そして2022年にちくま文庫として二度目の文庫化となった。本書は日本においてもゴシック/ゴス…

YOMUSHIKA MAGAZINE vol.6 MAY 2023 特集:1920年代パリ

江美留には、或る連続冒険活劇映画の最初に現われる字幕が念頭を去らなかった。明るいショウインドウの前をダダイズム張りの影絵になって交錯している群衆を見る時、また夏の夜風に胸先のネクタイが頬を打つ終電車の釣革の下で、そのアートタイトルは――襟元…

多木浩二『未来派 百年後を羨望した芸術家たち』機械と速度を賛美した芸術運動

「未来派」についての数少ない入門書 「未来派」をご存知だろうか。20世紀初頭のイタリアで起こった前衛芸術で、急速に発達する工業化・都市化・機械化を反映した総合的(詩・絵画・彫刻・建築・音楽含む)な芸術運動だ。後続するダダやシュルレアリスム、ロ…

ボルヘスの代表作『伝奇集』から、お勧めの短編を紹介します。

迷宮の作家・ボルヘスの代表的短編集からのお勧め短編5選 さてボルヘスです。前回、「ボルヘスの小説を読んでみたい場合、どの本を買えばいいのか?」というガイド記事を作成したところ、多くの方に読んでいただいております。どうもありがとうございます。 …

奈落の新刊チェック 2023年4月 海外文学・SF・現代思想・歴史・NOVA・回樹・非有機的生・バタイユ・旋回する人類学ほか

4月も早々と終わりまして世はゴールデンウィークに突入。連休の方もそうでない方もいらっしゃるでしょうが、連休の方はもう、本でも読むしかないですよね。本はコスパもタイパも良く、自分を成長させてくれ、新たな発見があり、伝統的かつ権威的で、また時に…

阿部和重『ニッポニア・ニッポン』 冷静な筆致で描かれる、歪んだ思考回路

阿部和重の初期代表作 無情の世界 ニッポニアニッポン 阿部和重初期代表作2 (講談社文庫) 作者:阿部 和重 講談社 Amazon 阿部和重は私のとても好きな作家の一人なのだが、なかなか紹介するのが難しい作家である。 なぜかと言うと、小説の中に、本当にろくな…

マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』 資本主義の外部はどこにあるのか?

「資本主義の終わりより、世界の終わりを想像する方がたやすい」 資本主義リアリズム 作者:マーク フィッシャー 堀之内出版 Amazon マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』は、2017年に自ら命を絶った批評家・ブロガーである著者の、2009年に刊行された…

高山羽根子『首里の馬』 歴史を秘めたものたちの、さりげない配置と交錯

創元SF短編賞出身作家の芥川賞受賞作 首里の馬(新潮文庫) 作者:高山羽根子 新潮社 Amazon 『首里の馬』は、創元SF短編賞の佳作を受賞してデビューした高山羽根子が、2020年に第163回芥川賞を受賞した小説だ。 私はごく最近『暗闇にレンズ』『オブジェクタ…

ネトフリドラマ『暗黒と神秘の骨』 王道ジュヴナイル・ファンタジーと悪党三人組の魅力を見よ

シーズン2配信を記念して、シーズン1をざっくり紹介します youtu.be Netflixオリジナルドラマ、シャドウ・アンド・ボーンこと『暗黒と神秘の骨』のシーズン2がこの3月ついに配信された。私はこの王道ファンタジードラマのシーズン1に大変はまっていたので待…

奈落の新刊チェック 2023年3月 海外文学・SF・現代思想・歴史・五色の舟・肌色の月・文明交錯・犠牲の森・公共哲学・キルヒャーほか

いよいよ新年度の始まりということで、新入学などされた皆様におかれましてはおめでとうございます。しかし海外に住んでると特に思うわけですが、新卒一括採用というシステムはいい加減いつまで続くんでしょうかねえ。などと社会について軽く吟じつつ3月に刊…

諏訪部浩一『薄れゆく境界線 現代アメリカ小説探訪』 驚くべき多様性を伝える全26ジャンルの文学地図

現代アメリカ小説の全体像をジャンル別に紹介 薄れゆく境界線 現代アメリカ小説探訪 作者:諏訪部 浩一 講談社 Amazon 諏訪部浩一『薄れゆく境界線 現代アメリカ小説探訪』は、講談社の月刊誌『群像』に掲載された、現代のアメリカ小説を広範に紹介する連載を…

永野護『ファイブスター物語』は完結するのか問題 & そのジェンダー表象について

最近の『ファイブスター物語』を読んで考えたこと ファイブスター物語 17 (ニュータイプ100%コミックス) 作者:永野 護 KADOKAWA Amazon このほど永野護『ファイブスター物語』の第17巻が発売された。私も長年の読者なのでさっそく買い、数時間かけて読み、過…

『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』は華麗な異色のドキュメンタリー

『ムーンエイジ・デイドリーム』ってどんな映画? dbmd.jp いよいよ日本でも公開となるデヴィッド・ボウイのドキュメンタリー映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』である。吉井和哉による「上映わずか3分で大号泣」というコメントがキャッ…

太宰治『斜陽』 没落貴族として、変わりゆく世界を生きる

社会の後戻りできない変化を描いた世界的ベストセラー 昨年あたりから、英語圏で太宰治の『人間失格』(英題『No Longer Human』)がベストセラーになっているというニュースをよく見聞きするわけだが、これと並んでよく売れているというのが『斜陽』(英題…

YOMUSHIKA MAGAZINE vol.5 MARCH 2023 特集:怪物

きっかけはフライザだった。"フライザ"なのか"ラ・フライザ"なのかはいつも論議を呼ぶところで、年配の村医者たちや、称号付けをうけもつ長老たちを悩ませてきた。彼女は正常に見えた。──ほっそりした褐色の体、きれいな歯並み、広い鼻、真鍮色の目。生まれ…

『グレート・ギャツビー』冒頭の翻訳3種類を比べてみた 野崎孝・小川高義・村上春樹訳

『ギャツビー』の書き出しを読み比べてみる フランシス・スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』と言えば、アメリカ文学を代表するとまで言われる小説だ。1925年に刊行され、アメリカの「狂乱の20年代」を象徴する作品とも言われる。語り手…

奈落の新刊チェック 2023年2月 海外文学・SF・現代思想・ソローキン・ガーンズバック変換・バートルビー・ゴダール革命・食客論ほか

2023年2月も終わり、今年ももう16.7%が終了しましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。考えてみれば21世紀も22%は過ぎたのだなと思いますが、そんなことを考えているうちにも新刊はどんどん出てきますね。今月も2月分の新刊チェックを行ってみましょう。 愛…

筒井賢治『グノーシス 古代キリスト教の〈異端思想〉』 偽りの神が作った世界

原資料にもとづくグノーシス入門 歴史や宗教の話が好きな人なら、グノーシス主義について読んだり聞いたりしたことがあるのではないだろうか。初期のキリスト教における、代表的な「異端」である。 私などはグノーシス主義について、単に異端であるだけでな…

台湾日記:餃子の店で鍋貼と水餃を買う

台湾に住んでいた時に最もよく食べた地元料理は何か?と問われれば、それは餃子であろう。焼き餃子・水餃子ともによく食べた。ほとんどソウルフードだと思って食べていた気もする。 ちなみに焼き餃子は現地では鍋貼(グォティエ)、水餃子は水餃(シュェイジ…

斜線堂有紀『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』 「難病もの」における批評性とストイシズム

多ジャンルで活躍する作家の出世作 今回紹介する作家は、このところ膨大な仕事量により各方面で注目されている斜線堂有紀。 私がこの作家を初めて読んだのはSF短編で、アンソロジーに収録された短編「BTTF葬送」「本の背骨が最後に残る」が強く印象に残った…

スーザン・ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』 私たちは戦争と暴力の映像をどのように見ているのか

著名な批評家による、戦争やテロリズムに関する写真論 スーザン・ソンタグは1933年に生まれ、2004年に没したアメリカの作家・批評家である。『反解釈』や『写真論』などの著書、あるいは「キャンプ」という美的概念の定義などでよく知られている。(小説も書…

奈落の新刊チェック 2023年1月 海外文学・SF・現代思想・ツェラン・浮遊・香港陥落・生命と身体・ラカン・消費と労働・地霊ほか

さて2023年も早くもひと月が過ぎまして、新年の新刊もバシバシ刊行されております。紹介すれどもすれども湧き出る面白そうな新刊。しかし世は出版不況……読み切れなくても買い支えねばなりません。そう、日本の出版文化の未来のために…… というような崇高な使…

YOMUSHIKA MAGAZINE vol.4 JANUARY 2023 特集:ニューウェーブ

ダダイストたちの挑発にまんまと乗せられた観客は、舞台からあふれでるナンセンスな言葉の洪水に腹を立てて、生卵やトマトや腐りかけたオレンジをダダイストめがけて投げつけたり、有名な女優のマルト・シュナル(ピカビアと一緒に見物に来ていた)にフラン…

2020年以降の芥川賞・三島賞・野間文芸新人賞候補作をまとめてみた

いわゆる「純文学」というジャンル いわゆる「純文学」という、なんというか独特の、ある一定の形式と雰囲気を持った伝統的な小説のジャンルが現代日本にはあるわけですが、そしてここでの「純文学」というのは広い意味のそれではなくけっこう狭い意味のもの…

遠野遥『破局』 強すぎ主人公の機械的精神が味わう性の苦悶

新鋭・遠野遥の芥川賞受賞作の主人公はとにかく強い 2019年に『改良』で文藝賞を受賞しデビューした遠野遥による『破局』は、作者にとっての第2作であり芥川賞受賞作である。 ちょうど文庫版が出たので紹介してみようと思ったのだが、一体どのように紹介すれ…