もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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高山羽根子『オブジェクタム/如何様』 解けない謎、として描かれる世界

こういう小説が読みたかった 高山羽根子『オブジェクタム/如何様』は最高の作品集である。私はこれを読みながら何度も「うわーっ!最高だ!」と叫びたくなってしまい、とはいえ実際に叫ぶことはせず一人で拳を握りしめたり部屋をうろうろ歩き回ったりするに…

Dream Wifeの新曲「Leech」の怒りのパワーがすごい

「お前は彼女に値しない」 ロンドンの3人組バンド、ドリーム・ワイフの2年ぶりの新曲「Leech」がすごい迫力なので盛り上がってしまった。 www.youtube.com ボーカルのラケル・ミョル、ギターのアリス・ゴー、ベースのベラ・ポドパデックからなるドリーム・ワ…

台湾日記:古都台南で古跡を見たり麺を食べたり

台湾南部にある台南の街に降り立って、まず驚いたのは計程車(ジーチェンチャー)(タクシー)が走る速度の遅さだった。 台北のタクシーは運転が荒く、とにかく飛ばす。運転手によってはわりと怖い。ちなみに交通事故も多い。ところが台南の駅で鉄道を降り、…

ボルヘスの小説はどれから読めばいい? 「迷宮の作家」ボルヘス文庫ガイド

ボルヘスの小説はこの文庫を買えばOK ボルヘスの小説はこの文庫を買えばOK ①代表的作品集『伝奇集』/『アレフ』 ②比較的読みやすい『砂の本』 ③異色作(でも小説としてはむしろオーソドックスな)『ブロディーの報告書』 ④「ボルヘス最後の短編集」『シェイ…

奈落の新刊チェック 2022年10月 海外文学・SF・現代思想・歴史・闇の奥・パラディーソ・スピノザ・布団の中から蜂起せよ・ゴシックハートほか

いよいよ月の数字も2桁になって年の瀬が近づいてきた感がましましですが皆様いかがお過ごしでしょうか。「7」を意味する「セプト」から7月がセプテンバー、「8」を意味する「オクト」から8月がオクトーバーという名前になったのに、手前にジュライとオーガス…

中井亜佐子『〈わたしたち〉の到来』 三人のモダニズム作家から読む、「歴史」の書かれかた

コンラッド、ウルフ、C・L・R・ジェームスを読む 中井亜佐子の『〈わたしたち〉の到来』は、主に三人の作家についての文芸批評である。 その三人はいずれも20世紀初頭のモダニズムの時代に活動し、英語で作品を発表した作家たちだ。 〈わたしたち〉の到来 英…

ゴダール『軽蔑』つれづれ感想 あるいはヌーヴェルヴァーグ映画の楽しみ

ふつうの映画に飽きたらヌーヴェル・ヴァーグ映画を見よう 急にジャン=リュック・ゴダールの映画が観たくなり、ブリジッド・バルドーが出ている『軽蔑』を Amazonプライムビデオの配信で見た(初見)。 Amazon プライムの古いフランス映画などは以前に比べ…

『シン・ウルトラマン』を見て振り返る、「特撮」のイメージの秘密

自分にとって「ウルトラマン」とは何だったのか 遅ればせながら庵野秀明総監修・樋口真嗣監督『シン・ウルトラマン』を劇場で見ることができた。 わりと多くの人がそうだったのではないかと思うのだが、『シン・ウルトラマン』を見るという体験は、自分にと…

続々刊行!日本SFアンソロジー 近刊まとめ

SFアンソロジーの勢いがすごすぎて把握できないのでまとめた。 SFアンソロジー新月、Rikka Zine、『新しい世界を生きるための14のSF』、Genesisシリーズ、NOVAシリーズなどなど……SF読者であれば、近年のアンソロジー刊行の勢いに驚いている方は多いのではな…

フィッツジェラルド『若者はみな悲しい』 消費社会の魅惑と呪い

『グレート・ギャツビー』と同時期の短編集 今回は光文社古典新訳文庫から出ている、フランシス・スコット・フィッツジェラルドの短編集『若者はみな悲しい』を紹介しよう。翻訳は、以前の記事で紹介した同文庫のポーも翻訳している小川高義。 若者はみな悲…

『フォートナイト』 無人の街と野山を走り、偶然と反復を遊ぶ

フォートナイトをプレイするという習慣について 海岸にある無人のリゾート 普段あまりゲームを頻繁にプレイする方ではないのだが、ここのところフォートナイトを継続的にやっている。 数か月前ふと、毎日少しずつ、気楽にできることはないかなと思い、そうい…

奈落の新刊チェック 2022年9月 海外文学・SF・現代思想・歴史・九段下駅・アレント・ホラーの哲学・ゴシック全書ほか

最近めっきり涼しくなってきているという噂ですが、いかがお過ごしでしょうか。朝夕冷えそうですので風邪をひかぬようお気を付け下さいませ。10月なのでアニメも新しいのが始まりますね。そんなこんなで9月刊行の新刊紹介です。 雨に打たれて 作者:アンネマ…

最近の谷崎賞と泉鏡花賞と川端賞の受賞作をまとめてみた(2010年~)

三大・渋い文学賞(個人的印象です) 芥川・直木以外にも文学賞はいろいろ(本当にいろいろ……)ありますが、谷崎潤一郎賞・泉鏡花文学賞・川端康成文学賞の三つは、個人的に「あまり目立たない賞だけど、いつも面白そうな小説が受賞しているなあ」という渋い…

千葉雅也『現代思想入門』 圧倒的読みやすさの工夫と、その切実さ

ついに出た、現代思想の入門、その決定版 千葉雅也の『勉強の哲学』が出てからしばらくの間、私はいわゆる「現代思想」の本を知人に勧める際、この本を挙げていた。「勉強」についてとても平易に、読みやすく書かれたこの本は、実のところ、「現代思想」のす…

『ゴールデンカムイ』 透明な国家と機械化した二階堂浩平

『ゴールデンカムイ』に描かれなかったもの 以前私は下記の記事で、野田サトル『ゴールデンカムイ』には「世界の全体」が描いてある、と書いた。それは「例えば「愛」と「欲望」と「暴力/権力」と「生命」と「歴史」とか」の、世界を構成する諸要素が、物語…

グレアム・ハーマン『四方対象』で体験する、存在論の冒険

実在論ブームと、オブジェクト指向存在論 日本では2010年代の後半あたりから紹介され、一部でちょっとしたブームとなっていた哲学のジャンルが「実在論」である。「事物が存在する」というのはどういうことか? 我々が「存在する」と思っているものは本当に…

YOMUSHIKA MAGAZINE vol.2 SEPTEMBER 2022 特集:無機的なもの

一九七二年十一月のある日、シカゴ在住の写真家・デザイナーであるネイサン・ラーナーはウェスト・ウェブスター大通り八五一番地に行き、自分の借家人ヘンリー・ダーガーが四十年にわたって住んでいた部屋の鍵を開けた。数日前に部屋を出て老人ホームに移っ…

佐藤亜紀『吸血鬼』 われらの凡庸さという怪物

英雄的でない「歴史」について書くということ 入手困難だった佐藤亜紀の傑作、『吸血鬼』が待望の文庫化である。私が読んだ佐藤亜紀作品の中では一番好きな作品なのでとても嬉しい。ぜひ多くの人に読んでもらいたい。 吸血鬼 (角川文庫) 作者:佐藤 亜紀 KADO…

奈落の新刊チェック 2022年8月 日本文学・海外文学・現代思想・歴史・プレBL・非暴力・ポスト資本主義・アフロフューチャリズムほか

さてさて暦ももう9月、夏も終わりでいよいよ読書の秋に突入しつつありますが、新刊攻勢はとどまるところを知らず、欲しいものリストだけが膨張し続ける日々。しかし毎月やっていると本当に日本の出版文化はすごいなと思うわけですが、みんなキツい中でやって…

Horsegirlというバンドがすごいので、さりげなく紹介したい。

新たに発見されるもの Horsegirlというシカゴのバンドの、このPVに衝撃を受けた。 www.youtube.com まるで80年代から90年代のインディー・ロックではないか。なんでもこのバンドは2019年に結成していくつかシングルやEPなどを発表しており、その後名門レーベ…

中谷礼仁『実況・近代建築史講義』は、美しい構成を持った理想的な講義の本だ

近代建築について知りたい! 私は建築に関してど素人なのだが、でも芸術の本を読んでいると建築のことがよく出てくるし、ちょっと建築、特に私は近代に関する本をよく読むので近代建築のことが知りたいなあと思っていた際にたまたま新刊で出ていたのがこの中…

岩﨑周一『ハプスブルク帝国』 とらえどころのない、1000年の大帝国

「名前の無い国」、ハプスブルク君主国 ハプスブルク帝国 (講談社現代新書) 作者:岩崎周一 講談社 Amazon ご存じ、ドイツとオーストリアを中心に1000年続いたハプスブルク帝国についての新書が岩﨑周一『ハプスブルク帝国』である。なにせ1000年の歴史がある…

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『ブレードランナー2049』の限りのない寂しさ

名作の続編がまた名作だったという嬉しい驚き ブレードランナー 2049 ハリソン・フォード Amazon リドリー・スコット監督『ブレードランナー』のファンであればあるほど、続編製作を知った時には「ええ~?」と感じた人も多かったのではないかと思う。私もそ…

松浦理英子『ヒカリ文集』 「恋愛」の定義を増やすための小説形式

6人の視点から語られる、ひとりの女性 ヒカリ文集 作者:松浦理英子 講談社 Amazon 『ヒカリ文集』は、2017年の『最愛の子ども』に続く、松浦理英子の最新作である 『最愛の子ども』については以前に紹介したので詳しくはそちらの記事を見てほしいが、これは…

鏡リュウジ『タロットの秘密』 ゲームから神秘主義へ、タロットカードのディープな歴史

占いの本ではない、タロット入門書の決定版 タロットカードというものに興味はあるものの、別に占いをやりたいわけではない、という人もけっこういるのではないかと思う。そんな人にお勧めしたいのが、鏡リュウジ『タロットの秘密』(講談社現代新書)だ。 …

奈落の新刊チェック 2022年7月 海外文学・SF・現代思想・ガルシアマルケス・向日性植物・市民的不服従・最後の審判・総員玉砕せよ!ほか

乱世の度合いが強まる7月でしたが皆様いかがお過ごしでしょうか。SNSは感情が強ければ強いほど言葉が流通する装置ですので、たまにはそこを離れて本を読むと時間の流れが変わってよいかと思います。今月はなんとなく小説が多くなりましたね。 ガルシア=マル…

台湾日記:台湾新幹線(高鐵)で駅弁を食べる

新幹線に乗ろう 台湾新幹線こと台灣高速鐡道(高鐡) 台湾には新幹線がある。その名も台灣高速鐵路(タイワンガオスーティエルー)、略して高鐵(ガオティエ)である。 台湾の西岸を南北に走り、北の台北から南の高雄(ガオシィォン)までを二時間弱で結ぶ高…

こんなに出てるの!? 岡田温司著作リスト 表象文化論・芸術・イタリア現代思想

岡田温司の著書がすごく多いのでまとめてみた。 これまで岡田温司の本を紹介する記事を二度書いたのですが、その度に「著書が多いな……」と改めて感じ入り、かつ把握しきれないなと思いましたので、自分用のメモも兼ねてまとめてみよう!ということになりまし…

『チェンソーマン』 デンジの欲望はどこへ行ったのか

性欲と大量死 チェンソーマン 1 (ジャンプコミックスDIGITAL) 作者:藤本タツキ 集英社 Amazon 藤本タツキ『チェンソーマン』について、あの漫画は一体なんだったんだろう、とたまにぼんやり思い出す。 私にとって、この漫画の内容は、乱暴に言えば以下のよう…

YOMUSHIKA MAGAZINE vol.1 JULY 2022 特集:ゴス

周知のように、消印つきの切手だけを求める蒐集家がいる。彼らだけが、ことの秘密に分け入ったのだ、とほとんど思いたくなるような者たちである。彼らは、切手のオカルト的な部分を重んじる。すなわち消印である。というのも、消印は切手の夜の面なのだ。消…